Grace、Sean
これから長いこと生きていけば、いつかお前たちのことを悪く言う人がいると思います。
人は暇になるとたいてい悪口を言うものだ、なんて言う人もいます。
この世に人の悪口を言う人がいること、そのこと自体に驚くことはありません。
残念だけれど、そういうことは良くあることなんです。
だどさんは、もう30歳後半になるけれど、今でも時々顔のホクロのことを馬鹿にされることがあります。
いまの Grace くらいの小さい頃から、だどさんは顔についている大きなホクロのことをからかわれてきました。驚くと思うけど、なんと大人になった今でも顔のホクロは馬鹿にされるんだよ。 そういう悪口を言う人はね、たまにいるんです。でも、だどさんは気にしてないよ。 だって、だどさんは悪くないよね。ホクロが顔についているだけだし、これは生まれつきだもの。
誰かがムキになってお前たちの悪口を言う時、それはたいてい、相手側の人が悪くてただ悪口を言いたいだけなのか、あるいは誤解からきているものです。
美しい花が、割れた鏡に壊れた形で映ったとしても、その花には何の落ち度もありません。
問題は花ではなく、鏡が割れていることなのです。
心が、割れた鏡のような人には、何でも割れて見えるものです。
だから、悪く言うのです。
そんな人に悪口を言われても、お前たちが本当に割れたり、壊れたりしているわけではないのです。
だから、お前たちのことを悪く言う人がいても、気にすることはありません。
だどさんは、おまえたちは心の優しい、本当に良い子たちだということをよく知っています。
もし、本当に何か悪いことをしてしまった時、何か後悔するようなことをしてしまった時は、それを素直に反省して謝り、次から繰り返さないように出来ることを知っています。
本当に悪いことをしてしまったと思う時は、素直に反省して、批難に堪え、問題を指摘してくれたことを感謝すればよいのです。
そういうときの、お前たちへの批難は、お前たちがもっともっといい人になるための薬だと思ってください。
日本のことわざで 「良薬は口に苦し」 ともいいます。
それからもうひとつ。
誤解による悪口についてです。
何かを判断する時に誤解だらけで判断する人も多いものです。
勝手な推測、予想、邪推・・・ あるいは、悪意は無くても酌量すべき状況を知らない、ということもあります。
例えば、大切な人に不幸があった人が泣いているとします。
泣けば、涙も、鼻も出るでしょう。
その顔を見て、「鼻水がたれていて、汚い」 と言えるでしょうか?
そんな悪口を言うのではなく、何かあったときにはその人の背景を慮り、正しく状況を理解し、必要ならばその人を助けられる人になってください。
お前たちは大丈夫だと心から信じているけど、逆に悪口を言われ、あるいは伝え聞いて、嫌な気分になることもあるでしょう。
そういうときに、今日書いたことを思い出してください。
最後に覚えておいて欲しい言葉を二つ書いておきます。
* If you can’t say something nice, don’t say anything at all.
* Sticks and stones will break my bones, but names will never hurt me.
いろいろあるけど、悪いことばかりじゃないからね。
頑張ってね。
だどさんより

名前: 小山圭介 (おやまけいすけ)
