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	<title>ハワイ・カリフォルニア移住フントウ記 &#187; 僕の人生哲学</title>
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	<description>2005 年に日本からハワイに引越し、その後カリフォルニアに移り住んでる小山圭介の移住体験ブログ</description>
	<lastBuildDate>Thu, 29 Jul 2010 07:24:15 +0000</lastBuildDate>
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		<title>提言・今すぐ中学・高校での部活動を廃止しよう</title>
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		<pubDate>Wed, 24 Mar 2010 13:51:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>小山圭介</dc:creator>
				<category><![CDATA[僕の人生哲学]]></category>
		<category><![CDATA[中学]]></category>
		<category><![CDATA[廃止]]></category>
		<category><![CDATA[提言]]></category>
		<category><![CDATA[部活動]]></category>
		<category><![CDATA[高校]]></category>

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		<description><![CDATA[自分のこれまでの人生経験を振り返って、一番無駄だった、無駄どころか自分に害があったとさえ思えるもののひとつは部活動です。 中高生の先輩や先生が良い指導を出来なくて当たり前 なぜ部活を不要と思うのか。 それは、中高生の貴重な若い時間を使うには、部活動はあまりに無価値だからです。 それはなぜか。 中高生の若い諸君が毎日、２、３時間も一生懸命に練習に励むのならば、もっと立派な施設、優秀なコーチの下でトレーニングするべきだと思います。 例えば、あなたがテニス部に所属しているとします。 学校で先輩あるいは顧問の先生から習いながらテニスを練習するのと、学校外のテニスクラブに所属して、経験のあるプロのインストラクターの人から教わるのとどちらが上達するでしょうか？ 中にはどんな状況でも実力を発揮する子供もいるでしょうが、たいていの場合、プロのインストラクターから教わったほうが良い結果を残せるはずです。たかだか１、２年経験が上の先輩や、スポーツでは全くの素人の社会の先生からテニスを教わるのでは結果が大きく異なるのは当然です。 子供たちは純粋です。 プロのインストラクターなら絶対にやらせないような、変な練習方法も黙って受け入れます。先輩も先生もまともにプロの人から指導された経験など無いわけですから、良い指導などできるはずもありません。しかし、それを一生懸命やったほうが偉い。言うことを聞かないと反抗的といわれます。 こんな不条理なことがあるでしょうか。 厳しい例え話かもしれませんが、コーチの違いについては英語の授業を考えればわかりやすいと思います。 私たちは中学、高校で６年間英語を習います。高校に行っていない、という人でも３年は英語にふれているはずです。しかし、それで英語ができるようになるでしょうか？学校の英語の先生を英語の素人と言うつもりは全くありませんが、６年間授業をして、多くの人がまともにアメリカ人と話すことが出来ないシステムは良いシステムではないはずです。その代わり、６年間英語のネイティブの先生と向き合って英語を習ったらある程度話せるようになることは想像に難くありません。 英語の先生を敵に回すつもりはありません。しかし、少なくとも僕の高校３年の時の先生は、カナダからの交換留学生と話す時に、英語の出来る生徒に通訳をしてもらいながら話をしていました。僕はその姿を見て、これじゃ、自分も英語ができるようになるわけないだろうな、と思ったものです。 義務教育の英語教育まで 「外出し」 にするわけにはいかないでしょうが、コーチの違いによって、差があるだろうという主張はうなずけるのではないでしょうか。 少し脱線しました。話をスポーツに戻します。 学校で部活が無くなれば町に安いスポーツクラブが増えるはずだ しかし、いざスポーツクラブに入れようと思っても、毎日数時間の練習をさせるとなると費用もバカになりません。何かスポーツをさせたいけれど、あまりに費用がかさんでも困ります。だから、部活動は価値があるのではないか、と反発されそうです。 僕は学校がなまじっか部活動などをやっているから、スポーツクラブが高級なものになっているのだと思います。学校が部活動制度を廃止してしまえば、中高生を狙ったスポーツ・ビジネスが盛んになり、安いスポーツクラブがたくさんできるはずではないか、と思います。 ちょっとテニスができるようになりたい、という程度ならゆるいテニスクラブに入れば良い。 一流のテニスプレーヤーを目指して、厳しくも優れたコーチのいるテニスクラブに行くも良し。 子供にはそうした選択が生まれるので、不条理に出会うことも減るはずです。 僕はそのほうが自然だし、こちらの方が努力の報われる良いシステムだと思います。 そして、学校の先生だって、部活に時間をとられることがなくなり、自分の専門分野の勉強会などに参加する時間も増えることでしょう。これにより学校の授業の質が高まるかもしれません。 英語の先生だって平日に英会話学校に通う時間がとれるようになるはずです。 部活をやっていれば、確かにそのスポーツはある程度できるようになる。 だけど、一流になる人はほとんどいない。 それが今の日本の現実ではないかと思います。 日本がオリンピックで勝てる、世界で活躍できるようになって欲しい 僕がなぜこんな事を考えたのかというと、それはオリンピックを観てあまりにメダルが取れないと思ったからです。 日本人は真面目な人が多いはずだ。一生懸命に頑張っているはずだ。だけど、上達しない。 世界で通用する選手が少ない。メダルが取れない。 僕は中高の頃の自分の部活動を振り返って、一生懸命に練習したのに全く上達しなかったことを思い出しました。あれほど一生懸命練習して全く効果が無いということは、非常に無駄だし、害のあることです。 スポーツの腕前はダメだったかもしれないが、精神が鍛えられたのではないか、と思われる人もいるかと思いますが、僕にとっては部活より、その後、就職、転職、海外生活等で鍛えた精神力の方がよっぽど今の力になっています。そもそも、精神を鍛えるためにスポーツをしているわけではありませんし、精神を鍛えたかったら、それなりのトレーニングコースがあるはずです。全ての一流スポーツ選手が良い精神を持っているわけではないのですから、精神とスポーツの腕前は分けて考えるべきです。 さて、今冬季オリンピックでは日本のメダルは 5 個でした。目立つ国を挙げると、メダル総数１位のアメリカは 37 個。２位のドイツは 30 個。お隣韓国は実に 14 個もとっています。下表のように人口１億人当たりのメダル数で考えると、日本は非常に低いレベルです。この点は韓国の足元にも及ばないといえるでしょう。 国名 メダル総数 人口 人口１億人当たりのメダル数 アメリカ 37個 3.1 億人 12 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>自分のこれまでの人生経験を振り返って、一番無駄だった、無駄どころか自分に害があったとさえ思えるもののひとつは部活動です。</p>
<p></p>
<h2>中高生の先輩や先生が良い指導を出来なくて当たり前</h2>
<p>なぜ部活を不要と思うのか。</p>
<p>それは、中高生の貴重な若い時間を使うには、<strong>部活動はあまりに無価値</strong>だからです。</p>
<p>それはなぜか。 中高生の若い諸君が毎日、２、３時間も一生懸命に練習に励むのならば、もっと立派な施設、優秀なコーチの下でトレーニングするべきだと思います。</p>
<p>例えば、あなたがテニス部に所属しているとします。</p>
<p><strong>学校で先輩あるいは顧問の先生から習いながらテニスを練習するのと、学校外のテニスクラブに所属して、経験のあるプロのインストラクターの人から教わるのとどちらが上達するでしょうか？</strong></p>
<p>中にはどんな状況でも実力を発揮する子供もいるでしょうが、たいていの場合、プロのインストラクターから教わったほうが良い結果を残せるはずです。たかだか１、２年経験が上の先輩や、スポーツでは全くの素人の社会の先生からテニスを教わるのでは結果が大きく異なるのは当然です。</p>
<p>子供たちは純粋です。 プロのインストラクターなら絶対にやらせないような、変な練習方法も黙って受け入れます。先輩も先生もまともにプロの人から指導された経験など無いわけですから、良い指導などできるはずもありません。しかし、それを一生懸命やったほうが偉い。言うことを聞かないと反抗的といわれます。</p>
<p>こんな不条理なことがあるでしょうか。</p>
<p>厳しい例え話かもしれませんが、コーチの違いについては英語の授業を考えればわかりやすいと思います。</p>
<p>私たちは中学、高校で６年間英語を習います。高校に行っていない、という人でも３年は英語にふれているはずです。しかし、それで英語ができるようになるでしょうか？学校の英語の先生を英語の素人と言うつもりは全くありませんが、６年間授業をして、多くの人がまともにアメリカ人と話すことが出来ないシステムは良いシステムではないはずです。その代わり、６年間英語のネイティブの先生と向き合って英語を習ったらある程度話せるようになることは想像に難くありません。</p>
<p>英語の先生を敵に回すつもりはありません。しかし、少なくとも僕の高校３年の時の先生は、カナダからの交換留学生と話す時に、英語の出来る生徒に通訳をしてもらいながら話をしていました。僕はその姿を見て、これじゃ、自分も英語ができるようになるわけないだろうな、と思ったものです。</p>
<p>義務教育の英語教育まで 「外出し」 にするわけにはいかないでしょうが、コーチの違いによって、差があるだろうという主張はうなずけるのではないでしょうか。</p>
<p>少し脱線しました。話をスポーツに戻します。</p>
<h2>学校で部活が無くなれば町に安いスポーツクラブが増えるはずだ</h2>
<p>しかし、いざスポーツクラブに入れようと思っても、毎日数時間の練習をさせるとなると費用もバカになりません。何かスポーツをさせたいけれど、あまりに費用がかさんでも困ります。だから、部活動は価値があるのではないか、と反発されそうです。</p>
<p>僕は学校がなまじっか部活動などをやっているから、スポーツクラブが高級なものになっているのだと思います。<strong>学校が部活動制度を廃止してしまえば、中高生を狙ったスポーツ・ビジネスが盛んになり、安いスポーツクラブがたくさんできるはず</strong>ではないか、と思います。</p>
<p>ちょっとテニスができるようになりたい、という程度ならゆるいテニスクラブに入れば良い。<br />
一流のテニスプレーヤーを目指して、厳しくも優れたコーチのいるテニスクラブに行くも良し。</p>
<p>子供にはそうした選択が生まれるので、不条理に出会うことも減るはずです。</p>
<p>僕はそのほうが自然だし、こちらの方が努力の報われる良いシステムだと思います。</p>
<p>そして、学校の先生だって、部活に時間をとられることがなくなり、自分の専門分野の勉強会などに参加する時間も増えることでしょう。これにより学校の授業の質が高まるかもしれません。 英語の先生だって平日に英会話学校に通う時間がとれるようになるはずです。</p>
<p><strong>部活をやっていれば、確かにそのスポーツはある程度できるようになる。<br />
だけど、一流になる人はほとんどいない</strong>。</p>
<p>それが今の日本の現実ではないかと思います。</p>
<h2>日本がオリンピックで勝てる、世界で活躍できるようになって欲しい</h2>
<p>僕がなぜこんな事を考えたのかというと、それはオリンピックを観てあまりにメダルが取れないと思ったからです。</p>
<p>日本人は真面目な人が多いはずだ。一生懸命に頑張っているはずだ。だけど、上達しない。<br />
世界で通用する選手が少ない。メダルが取れない。</p>
<p>僕は中高の頃の自分の部活動を振り返って、一生懸命に練習したのに全く上達しなかったことを思い出しました。あれほど一生懸命練習して全く効果が無いということは、非常に無駄だし、害のあることです。</p>
<p>スポーツの腕前はダメだったかもしれないが、精神が鍛えられたのではないか、と思われる人もいるかと思いますが、僕にとっては部活より、その後、就職、転職、海外生活等で鍛えた精神力の方がよっぽど今の力になっています。<strong>そもそも、精神を鍛えるためにスポーツをしているわけではありませんし、精神を鍛えたかったら、それなりのトレーニングコースがあるはずです</strong>。全ての一流スポーツ選手が良い精神を持っているわけではないのですから、精神とスポーツの腕前は分けて考えるべきです。</p>
<p>さて、今冬季オリンピックでは日本のメダルは 5 個でした。目立つ国を挙げると、メダル総数１位のアメリカは 37 個。２位のドイツは 30 個。お隣韓国は実に 14 個もとっています。下表のように人口１億人当たりのメダル数で考えると、日本は非常に低いレベルです。この点は韓国の足元にも及ばないといえるでしょう。</p>
<table>
<tbody>
<tr>
<td><strong>国名</strong></td>
<td><strong>メダル総数</strong></td>
<td><strong>人口</strong></td>
<td><strong>人口１億人当たりのメダル数</strong></td>
</tr>
<tr>
<td>アメリカ</td>
<td style="text-align: right;">37個</td>
<td style="text-align: right;">3.1 億人</td>
<td style="text-align: right;">12 個</td>
</tr>
<tr>
<td>ドイツ</td>
<td style="text-align: right;">30 個</td>
<td style="text-align: right;">0.8 億人</td>
<td style="text-align: right;">38 個</td>
</tr>
<tr>
<td>韓国</td>
<td style="text-align: right;">14個</td>
<td style="text-align: right;">0.5 億人</td>
<td style="text-align: right;">28 個</td>
</tr>
<tr>
<td>日本</td>
<td style="text-align: right;">5個</td>
<td style="text-align: right;">1.3 億人</td>
<td style="text-align: right;">4 個</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>文化的にウィンタースポーツが盛ん、盛んではない、といういろいろな面があるでしょうから、人口だけで単純比較は出来ないのはわかります。しかし、日本もスキーやスケート等はほとんどの人が一度は経験したことのある程メジャーと言って良いでしょうから、日本ばかり韓国やドイツに比べて圧倒的にウィンタースポーツが盛んではない、とは言い切れないとも思います。（アフリカなどの雪のない国からスキー選手が生まれていない、ということとはわけが違う、ということです）</p>
<p>特に韓国選手とは人種も同様ですから、体格差などのハンデはほとんど無いはずです。韓国にばかり才能を持った人がいるわけではなく、恐らく日本に だって才能は埋もれているはずです。ただ、それが開花していないだけなのだと思います。</p>
<p>とすると、しっかり才能を伸ばすシステムさえあれば、<strong>本来オリンピック選手になってメダルを取れるほどの才能を持った人が、日本にはあと１０人～２０人ほどもいるはずなのに、日本ではその才能を発揮できていない可能性が高い</strong>ということです。</p>
<p>つまり、もしかしたらあなたも本当は世界で活躍できるほどの何かの才能を持っているはずなのに、それに気付かずに、普通のサラリーマン、普通の主婦をしているだけなのかもしれません。</p>
<p>もし、イチロー選手が野球と出会わなかったら。<br />
もし、谷亮子選手が柔道と出会わなかったら。<br />
・・・</p>
<p>持って生まれてきた突出した才能は、それを一生懸命に伸ばして開花させたいものです。</p>
<p>スポーツに限らず、学術、ビジネスの分野で、今後より日本が発展してもらえたら嬉しいと思い、今回はとりあえず、スポーツ分野で手っ取り早く効果があるのではないかと思う、部活の問題について語ってみました。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>悪口と批判に関する神様との対話</title>
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		<pubDate>Thu, 11 Mar 2010 11:45:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator>小山圭介</dc:creator>
				<category><![CDATA[僕の人生哲学]]></category>
		<category><![CDATA[対話]]></category>
		<category><![CDATA[悪口]]></category>
		<category><![CDATA[批判]]></category>
		<category><![CDATA[神様]]></category>

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		<description><![CDATA[神様： 「ひとの悪口を言う人と、悪口を言わない人がいる。 君は、どちらが良い人だとおもうのかね？」 人： 「それはもちろん、悪口を言わない人だと思います。」 神様： 「なるほど。それでは、君は良い人と悪い人のどちらになりたいのか？」 人： 「当然、良い人になりたいに決まっています。」 神様： 「それなら、なぜ君は人の悪口をいうのかね？」 人： 「それはあの人が悪い人だからです。彼はある意味優秀かもしれないけれど、コミュニケーション能力が低く、傲慢なやつなんです。喋り方も 『自分は出来る奴』 といわんばかりの気取った話し方で気持ち悪いのです。だから・・・」 神様： 「だから、君は悪口を言うのだね」 人： 「そうです。彼は悪口をいわれるに値する人なのです。」 神様： 「なるほど。でも、君が悪口を言うことによって、状況は良くなるのかね？その人は君の悪口によって良くなるとおもうのかね」 人： 「神様、お言葉ですが、僕が言っていることは悪口ではありません。悪い人に対する批判です。主観的なものではなく、あくまで罪に対する客観的な指摘に過ぎません。」 神様： 「なるほど。 それでは 『あいつの話し方が気持ち悪い』 というのも、主観的なものではなく、客観的な事実だというのだね。」 人： 「まぁ、そうです。彼は客観的に気持ち悪いのです。ゴキブリを見て気持ち悪いといっても、それは罪でしょうか。」 神様： 「それでは、少し目先を変えてみよう。君は何らかの悪い状況があったときに、それを改善しようと努める人と文句ばかり言って何もしない人、どちらを尊敬するかね」 人： 「それは物事をより良い方向に変えられる人のことを尊敬します。」 神様： 「それでは、君はその彼の誤りを直し、状況を改善してはどうだね？」 人： 「いえ、その必要はありません。なぜなら、僕は彼とはなんら関係が無いからです。」 神様： 「君は関係の無い人に対する批判をしている、というのか」 人： 「そうです。その人の罪、誤りを、僕と関係のある人と共有することによってそこから学ぶことが出来ます。それによって、僕と関係のある人がより良くなることを望んでいます。その意味で、僕は状況を改善しているといえると信じています。」 神様： 「本物の悪、無慈悲に対してはそれは正しいだろう。」 人： 「はい。だから僕は間違っていないのです。」 神様： 「なるほど。それでは、君の事を誰かが 『気持ち悪い』 と言ったら、君はどうおもうかね？」 人： 「まぁ、いい気はしませんね。でも、それは事実に反することなので、単にそれを口にした人が間違っていると思い、僕は気にしないでしょう」 神様： 「君は、物事の真偽を一方的に決め付けるのだね」 人： [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>神様： 「ひとの悪口を言う人と、悪口を言わない人がいる。 君は、どちらが良い人だとおもうのかね？」</p>
<p></p>
<p>人： 「それはもちろん、悪口を言わない人だと思います。」</p>
<p>神様： 「なるほど。それでは、君は良い人と悪い人のどちらになりたいのか？」</p>
<p>人： 「当然、良い人になりたいに決まっています。」</p>
<p>神様： 「それなら、なぜ君は人の悪口をいうのかね？」</p>
<p>人： 「それはあの人が悪い人だからです。彼はある意味優秀かもしれないけれど、コミュニケーション能力が低く、傲慢なやつなんです。喋り方も 『自分は出来る奴』 といわんばかりの気取った話し方で気持ち悪いのです。だから・・・」</p>
<p>神様： 「だから、君は悪口を言うのだね」</p>
<p>人： 「そうです。彼は悪口をいわれるに値する人なのです。」</p>
<p>神様： 「なるほど。でも、君が悪口を言うことによって、状況は良くなるのかね？その人は君の悪口によって良くなるとおもうのかね」</p>
<p>人： 「神様、お言葉ですが、僕が言っていることは悪口ではありません。悪い人に対する批判です。主観的なものではなく、あくまで罪に対する客観的な指摘に過ぎません。」</p>
<p>神様： 「なるほど。 それでは 『あいつの話し方が気持ち悪い』 というのも、主観的なものではなく、客観的な事実だというのだね。」</p>
<p>人： 「まぁ、そうです。彼は客観的に気持ち悪いのです。ゴキブリを見て気持ち悪いといっても、それは罪でしょうか。」</p>
<p>神様： 「それでは、少し目先を変えてみよう。君は何らかの悪い状況があったときに、それを改善しようと努める人と文句ばかり言って何もしない人、どちらを尊敬するかね」</p>
<p>人： 「それは物事をより良い方向に変えられる人のことを尊敬します。」</p>
<p>神様： 「それでは、君はその彼の誤りを直し、状況を改善してはどうだね？」</p>
<p>人： 「いえ、その必要はありません。なぜなら、僕は彼とはなんら関係が無いからです。」</p>
<p>神様： 「君は関係の無い人に対する批判をしている、というのか」</p>
<p>人： 「そうです。その人の罪、誤りを、僕と関係のある人と共有することによってそこから学ぶことが出来ます。それによって、僕と関係のある人がより良くなることを望んでいます。その意味で、僕は状況を改善しているといえると信じています。」</p>
<p>神様： 「本物の悪、無慈悲に対してはそれは正しいだろう。」</p>
<p>人： 「はい。だから僕は間違っていないのです。」</p>
<p>神様： 「なるほど。それでは、君の事を誰かが 『気持ち悪い』 と言ったら、君はどうおもうかね？」</p>
<p>人： 「まぁ、いい気はしませんね。でも、それは事実に反することなので、単にそれを口にした人が間違っていると思い、僕は気にしないでしょう」</p>
<p>神様： 「君は、物事の真偽を一方的に決め付けるのだね」</p>
<p>人： 「え？そうでしょうか。」</p>
<p>神様： 「君が 『気持ち悪い』 と思う相手は 『客観的に気持ち悪い事実』 とし、君の事を 『気持ち悪い』 という相手に対しては、『客観的に誤り』 としているのではないかね」</p>
<p>人： 「でも、それが事実ですから」</p>
<p>神様： 「君の論法を、立場を変えてそのまま適用すれば、君が気持ち悪いという人にとっては、君の意見は 『客観的に誤り』 ということになる。そうではないかね」</p>
<p>人： 「僕の意見には同意する人も多いし、僕の意見が正しいでしょう。物事には絶対的な真実はあると思います。満開の桜は誰が見ても美しいものであって、それを気持ち悪いという人は稀でしょうし、そういう人の感覚は誤っていると思います」</p>
<p>神様： 「しかし、その桜にしてもそれを美しいと思わなければいけない、ということはないのだよ」</p>
<p>人：「まぁ、そういう人がいても罪ではないでしょうね。」</p>
<p>神様： 「たとえ桜を美しいと思わなくても、そこに罪はないし誤りでもない。」</p>
<p>人： 「ええ」</p>
<p>神様： 「君が本当に 『桜』 であるかどうか、それについても論じないでおこう」</p>
<p>人： 「そんなに美しくはないかもしれませんが」</p>
<p>神様： 「君が正しいと思っていることに従わないからと言って、そこに罪や誤りがあるわけではないことが理解できたところで話を戻そう。</p>
<p>それならば、なぜ君は自分が正しく、相手に罪があると考えるのだ。君の主張は、桜を美しいといわない人に罪がある、誤りがあるといっていることと同じにならないかね。」</p>
<p>人： 「単に僕の例えが悪かったかもしれません。草花や海や川などの自然美を語ることと、人の社会のルールやコミュニケーションについて語ることとは質が違います。例えば、窃盗という罪は自然にあるものではなく、所有権という社会的なルールがあってはじめて発生する罪で・・・」</p>
<p>神様： 「彼は自然のものではなく、社会的なルールに対する罪を犯している。だから、その罪は批判の対象になる、といいたいのかね」</p>
<p>人： 「そうです。」</p>
<p>神様： 「それでは、君は彼が 『自分は出来る奴といわんばかりの気取った話し方である』 という点を指摘していたが、それは一体どんな社会的なルールを犯しているというのか」</p>
<p>人： 「それは簡単です。自分は出来る奴と思う傲慢な態度が悪いのです。」</p>
<p>神様： 「しかし、そもそも 『彼は自分が出来る奴と思っている』 ということ自体、君が貼ったレッテルではないのかね。自分が貼った悪であるというレッテルを見て、それをさも客観的な真実として、相手に罪がある、悪であるということは、重大な悪なのだよ。</p>
<p>大罪を犯した歴史上の人物を考えてみなさい。そうした者は自分が正しく、相手は悪である。従って相手を殺しても良い。という論法で人を扇動するものなのだよ。自分は悪である、といえば、人を動かすことはできないものだ。大きな罪を犯すものは、まず自分を正義の側に置こうとするものなのだよ。自分が正義だと感じ、相手を批判する時こそ、君は慎重にならなければならないのだ。</p>
<p>立場を変えれば、君も同じことをしている、ということを理解するべきなのだ。」</p>
<p>人： 「そうなのかもしれませんね。でも、彼はコミュニケーション能力が低いなどの問題を抱えているのです」</p>
<p>神様： 「それもまた君の偏見であり、レッテルなのだよ。仮にそうだとしても、それは罪かね。完璧な人はいないのではないか。君だって、全ての能力が十分であるわけではないだろう。」</p>
<p>人： 「まぁ、罪ではないかもしれません。私も完璧ではないでしょう」</p>
<p>神様： 「もし君が、彼はコミュニケーション能力が低いと感じたならば、君は彼にそれを教えてあげることもできるだろう。それこそが、問題の解決になると思わないかね」</p>
<p>人： 「まぁ、そうですけど。そこまでして、別に今さら彼にそこを改善して欲しいとは思いませんね。彼とは関係ないですから。」</p>
<p>神様： 「これで、彼に罪は無く、君はその問題解決に協力する意思もないことがはっきりしたようだね。君が問題解決に関わらないならば、そのことで彼の問題点を探すことは正しいことではない。</p>
<p>君は社会のルールに反する罪といった詭弁、一方的な偏見をやめ、人のよいところをみるように努めるべきなのだ。お互いが人の特徴を認め合い、尊敬しあう世の中があったら素晴しいとは思わないかね。</p>
<p>君が人をみるとき、人柄を長所や短所・欠点としてみないように努めると良いだろう。人にあるのは特徴だけだ。その特徴は、人によってそれを長所と思う人もいれば、短所と思う人もいる。それをどうみようと、それはその人の特徴なのであって、それは良くも悪くも無い。それが個性なのだ。</p>
<p>君は自分に同意するかしないか、とか、好きか嫌いかという基準で人の個性を長所といったり、短所と言ったりする傾向がある。特に前に言ったとおり、自分を正義の側におき相手を批判する傾向がある。その点は十分に戒めるべきなのだよ」</p>
<p>人： 「そうですか。僕は比較的客観的に物事を判断する能力に長けているものだと思っていましたが・・・」</p>
<p>神様： 「わかればよい。最後に君の一番の欠点を指摘しておこう。いま私は個性があるだけであり、見方によっては長所にも短所にもなると言ったのだが、神の立場から欠点としか言いようの無い君の性質を指摘しておこう。</p>
<p>君は自分の嫌いな相手の身体的特徴をからかうことがあるだろう。そうしたことを仲間と言い合うことがあるだろう」</p>
<p>人：「いえ、そんなことを言った覚えはありません。」</p>
<p>神様： 「うそをつくのはやめなさい。私は全て知っているのだよ。そういう話は相手に全て伝わるものだよ。</p>
<p>身体的特徴のような、相手に全く罪の無い事柄を馬鹿にすることは、君の人間としての品格の悪さを露呈しているものだ。深く反省し、こうして今私に指摘されたことの意味をよく考え、今後はそういうことのないように行動しなさい。</p>
<p>ひとことで言えば、こうだ。 君は、もう人の悪口をいうのはやめなさい。」</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>子供たちへ。悪口を言う人がいて困った時に思い出してください</title>
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		<pubDate>Thu, 04 Mar 2010 11:03:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator>小山圭介</dc:creator>
				<category><![CDATA[僕の人生哲学]]></category>
		<category><![CDATA[子供たちへ]]></category>
		<category><![CDATA[人]]></category>
		<category><![CDATA[子供]]></category>
		<category><![CDATA[悪口]]></category>
		<category><![CDATA[時]]></category>

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		<description><![CDATA[Grace、Sean これから長いこと生きていけば、いつかお前たちのことを悪く言う人がいると思います。 人は暇になるとたいてい悪口を言うものだ、なんて言う人もいます。 この世に人の悪口を言う人がいること、そのこと自体に驚くことはありません。 残念だけれど、そういうことは良くあることなんです。 だどさんは、もう３０歳後半になるけれど、今でも時々顔のホクロのことを馬鹿にされることがあります。 いまの Grace くらいの小さい頃から、だどさんは顔についている大きなホクロのことをからかわれてきました。驚くと思うけど、なんと大人になった今でも顔のホクロは馬鹿にされるんだよ。 そういう悪口を言う人はね、たまにいるんです。でも、だどさんは気にしてないよ。 だって、だどさんは悪くないよね。ホクロが顔についているだけだし、これは生まれつきだもの。 誰かがムキになってお前たちの悪口を言う時、それはたいてい、相手側の人が悪くてただ悪口を言いたいだけなのか、あるいは誤解からきているものです。 美しい花が、割れた鏡に壊れた形で映ったとしても、その花には何の落ち度もありません。 問題は花ではなく、鏡が割れていることなのです。 心が、割れた鏡のような人には、何でも割れて見えるものです。 だから、悪く言うのです。 そんな人に悪口を言われても、お前たちが本当に割れたり、壊れたりしているわけではないのです。 だから、お前たちのことを悪く言う人がいても、気にすることはありません。 だどさんは、おまえたちは心の優しい、本当に良い子たちだということをよく知っています。 もし、本当に何か悪いことをしてしまった時、何か後悔するようなことをしてしまった時は、それを素直に反省して謝り、次から繰り返さないように出来ることを知っています。 本当に悪いことをしてしまったと思う時は、素直に反省して、批難に堪え、問題を指摘してくれたことを感謝すればよいのです。 そういうときの、お前たちへの批難は、お前たちがもっともっといい人になるための薬だと思ってください。 日本のことわざで 「良薬は口に苦し」 ともいいます。 それからもうひとつ。 誤解による悪口についてです。 何かを判断する時に誤解だらけで判断する人も多いものです。 勝手な推測、予想、邪推・・・ あるいは、悪意は無くても酌量すべき状況を知らない、ということもあります。 例えば、大切な人に不幸があった人が泣いているとします。 泣けば、涙も、鼻も出るでしょう。 その顔を見て、「鼻水がたれていて、汚い」 と言えるでしょうか？ そんな悪口を言うのではなく、何かあったときにはその人の背景を慮り、正しく状況を理解し、必要ならばその人を助けられる人になってください。 お前たちは大丈夫だと心から信じているけど、逆に悪口を言われ、あるいは伝え聞いて、嫌な気分になることもあるでしょう。 そういうときに、今日書いたことを思い出してください。 最後に覚えておいて欲しい言葉を二つ書いておきます。 * If you can&#8217;t say something nice, don&#8217;t say anything at all. * Sticks and stones will [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>Grace、Sean</p>
<p>これから長いこと生きていけば、いつかお前たちのことを悪く言う人がいると思います。<br />
人は暇になるとたいてい悪口を言うものだ、なんて言う人もいます。</p>
<p>この世に人の悪口を言う人がいること、そのこと自体に驚くことはありません。<br />
残念だけれど、そういうことは良くあることなんです。</p>
<p></p>
<p>だどさんは、もう３０歳後半になるけれど、今でも時々顔のホクロのことを馬鹿にされることがあります。</p>
<p>いまの Grace くらいの小さい頃から、だどさんは顔についている大きなホクロのことをからかわれてきました。驚くと思うけど、なんと大人になった今でも顔のホクロは馬鹿にされるんだよ。 そういう悪口を言う人はね、たまにいるんです。でも、だどさんは気にしてないよ。 だって、だどさんは悪くないよね。ホクロが顔についているだけだし、これは生まれつきだもの。</p>
<p>誰かがムキになってお前たちの悪口を言う時、それはたいてい、相手側の人が悪くてただ悪口を言いたいだけなのか、あるいは誤解からきているものです。</p>
<p><strong>美しい花が、割れた鏡に壊れた形で映ったとしても、その花には何の落ち度もありません</strong>。<br />
<strong>問題は花ではなく、鏡が割れていることなのです</strong>。</p>
<p>心が、割れた鏡のような人には、何でも割れて見えるものです。<br />
だから、悪く言うのです。</p>
<p>そんな人に悪口を言われても、お前たちが本当に割れたり、壊れたりしているわけではないのです。<br />
だから、お前たちのことを悪く言う人がいても、気にすることはありません。</p>
<p>だどさんは、<strong>おまえたちは心の優しい、本当に良い子たちだということをよく知っています</strong>。</p>
<p>もし、本当に何か悪いことをしてしまった時、何か後悔するようなことをしてしまった時は、それを素直に反省して謝り、次から繰り返さないように出来ることを知っています。</p>
<p>本当に悪いことをしてしまったと思う時は、素直に反省して、批難に堪え、問題を指摘してくれたことを感謝すればよいのです。</p>
<p>そういうときの、お前たちへの批難は、お前たちがもっともっといい人になるための薬だと思ってください。<br />
日本のことわざで 「良薬は口に苦し」 ともいいます。</p>
<p>それからもうひとつ。<br />
誤解による悪口についてです。</p>
<p>何かを判断する時に<strong>誤解だらけで判断する人も多いもの</strong>です。<br />
勝手な推測、予想、邪推・・・ あるいは、悪意は無くても酌量すべき状況を知らない、ということもあります。</p>
<p>例えば、大切な人に不幸があった人が泣いているとします。<br />
泣けば、涙も、鼻も出るでしょう。</p>
<p>その顔を見て、「鼻水がたれていて、汚い」 と言えるでしょうか？</p>
<p>そんな悪口を言うのではなく、何かあったときにはその人の背景を慮り、正しく状況を理解し、必要ならばその人を助けられる人になってください。</p>
<p>お前たちは大丈夫だと心から信じているけど、逆に悪口を言われ、あるいは伝え聞いて、嫌な気分になることもあるでしょう。<br />
そういうときに、今日書いたことを思い出してください。</p>
<p>最後に覚えておいて欲しい言葉を二つ書いておきます。</p>
<p><strong>* If you can&#8217;t say something nice, don&#8217;t say anything at all.</strong></p>
<p><strong>* Sticks and stones will break my bones, but names will never hurt me.</strong></p>
<p>いろいろあるけど、悪いことばかりじゃないからね。<br />
頑張ってね。</p>
<p>だどさんより</p>
]]></content:encoded>
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		<title>６歳の Grace は今日初めてリフトに乗って、スノーボードをしました</title>
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		<pubDate>Sun, 17 Jan 2010 10:32:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>小山圭介</dc:creator>
				<category><![CDATA[ロサンゼルス生活]]></category>
		<category><![CDATA[僕の人生哲学]]></category>
		<category><![CDATA[子供たちへ]]></category>
		<category><![CDATA[Grace]]></category>
		<category><![CDATA[スノーボード]]></category>
		<category><![CDATA[リフト]]></category>
		<category><![CDATA[今日]]></category>
		<category><![CDATA[初めて]]></category>
		<category><![CDATA[６]]></category>

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		<description><![CDATA[今日も朝からマウンテンハイにスノーボードに行ってきました。先週末はポカポカで昼には雪が溶け、このままでは今年はスノーボードシーズンが終わってしまうのではないかと危ぶまれるほどでした。 ところが、今日は新雪は降っていないもののそれなりに寒く、雪の状態も回復しており、十分楽しめました。 スキー客でにぎわうマウンテンハイ １２月下旬から毎週マウンテンハイに通っていますが、１月にはいってからはスキー・スノーボード客もグッと増えています。 １２月には朝８時過ぎに到着すれば駐車場も、スキー場に一番近い便利な場所に余裕で確保できたのですが、最近は同じ時刻でも危うく遠い駐車場に停車しなければならないくらいのギリギリです。 子供には、スノーボードを通して、転ぶことを恐れないことと、練習して上達する喜びを覚えて欲しい 子供にも相変わらずスノーボードを教えています。 大人が気持ちよく滑るだけでなく、子供に教えるために走り回らないといけないので大変ですが、僕は子供たちにはスノーボードを通して、転ぶことを恐れないこと、根気強く練習して、上達する喜びを知ってもらいたいと思っています。 大人も練習している。大人も転ぶ。昔は僕だって簡単に転んでいた。だけど出来るようになった。お前たちも今は転んでばかりだけど、きっと上手にできるようになるはずだ。 僕はスノーボードでも転んでも起き上がるところを見せて、そんなメッセージを感じ取ってもらいたいと思ってます。そして、子供たちも転ぶことを恐れないような人になってもらいたいと思っています。 「はじめは何でもうまく行かないものだ。でも、練習すればきっとなんでもできる」 という考え方を、自然と身につけて欲しいと思っています。 思い切って、初めてリフトに乗った Grace 先週は雪質が悪かった上に、大勢のスキー・スノーボード客でごった返し、初心者コースはひどい状態でした。ちょっと滑っては人にぶつかりそうになり止まり・・・ シャーベット上の雪に板を引っ掛けては転び・・・ そんなことでは、スノーボードを練習すること自体が嫌いになってしまう、と心配になりました。 今日は、雪の状態はそれほど悪くなかったのですが、初心者コースはやはり混雑していました。先週のようなひどいことにならぬよう、今日は違うコースで練習しようと思い、リフトに乗ってみることにしました。 もっと恐がるかと思ったのですが、乗せてみると Grace はリフトを恐がることもなく、転ぶことなく無事にリフトから降りることも出来ました。（もちろん僕が後ろから支えましたが） リフトに乗ってゲレンデをあがるのも、広いコースの方が滑ることも、どちらも気持ちよかったようです。 Grace は一生懸命に何度転んでも起き上がって頑張って練習してくれました。 このまま順調に上達して、はじめはできなくても出来るようになる、練習することは楽しい、と感じてもらいたいです。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://hajimete-hawaii.com/blog/wp-content/uploads/2010/01/grace-snowboarding1.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-1119" title="grace-snowboarding1" src="http://hajimete-hawaii.com/blog/wp-content/uploads/2010/01/grace-snowboarding1-225x300.jpg" alt="grace snowboarding1 225x300 ６歳の Grace は今日初めてリフトに乗って、スノーボードをしました" width="225" height="300" /></a></p>
<p>今日も朝からマウンテンハイにスノーボードに行ってきました。先週末はポカポカで昼には雪が溶け、このままでは今年はスノーボードシーズンが終わってしまうのではないかと危ぶまれるほどでした。</p>
<p>ところが、今日は新雪は降っていないもののそれなりに寒く、雪の状態も回復しており、十分楽しめました。</p>
<p></p>
<h2>スキー客でにぎわうマウンテンハイ</h2>
<p>１２月下旬から毎週マウンテンハイに通っていますが、１月にはいってからはスキー・スノーボード客もグッと増えています。</p>
<p><a href="http://hajimete-hawaii.com/blog/wp-content/uploads/2010/01/mountain-high-20100116.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-1117" title="mountain-high-20100116" src="http://hajimete-hawaii.com/blog/wp-content/uploads/2010/01/mountain-high-20100116-300x225.jpg" alt="mountain high 20100116 300x225 ６歳の Grace は今日初めてリフトに乗って、スノーボードをしました" width="300" height="225" /></a></p>
<p>１２月には朝８時過ぎに到着すれば駐車場も、スキー場に一番近い便利な場所に余裕で確保できたのですが、最近は同じ時刻でも危うく遠い駐車場に停車しなければならないくらいのギリギリです。</p>
<h2>子供には、スノーボードを通して、転ぶことを恐れないことと、練習して上達する喜びを覚えて欲しい</h2>
<p>子供にも相変わらずスノーボードを教えています。</p>
<p>大人が気持ちよく滑るだけでなく、子供に教えるために走り回らないといけないので大変ですが、僕は子供たちにはスノーボードを通して、転ぶことを恐れないこと、根気強く練習して、上達する喜びを知ってもらいたいと思っています。</p>
<p>大人も練習している。大人も転ぶ。昔は僕だって簡単に転んでいた。だけど出来るようになった。お前たちも今は転んでばかりだけど、きっと上手にできるようになるはずだ。</p>
<p>僕はスノーボードでも転んでも起き上がるところを見せて、そんなメッセージを感じ取ってもらいたいと思ってます。そして、子供たちも転ぶことを恐れないような人になってもらいたいと思っています。</p>
<p>「はじめは何でもうまく行かないものだ。でも、練習すればきっとなんでもできる」 という考え方を、自然と身につけて欲しいと思っています。</p>
<p><a href="http://hajimete-hawaii.com/blog/wp-content/uploads/2010/01/sean-and-grace.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-1118" title="sean-and-grace" src="http://hajimete-hawaii.com/blog/wp-content/uploads/2010/01/sean-and-grace-300x225.jpg" alt="sean and grace 300x225 ６歳の Grace は今日初めてリフトに乗って、スノーボードをしました" width="300" height="225" /></a></p>
<h2>思い切って、初めてリフトに乗った Grace</h2>
<p>先週は雪質が悪かった上に、大勢のスキー・スノーボード客でごった返し、初心者コースはひどい状態でした。ちょっと滑っては人にぶつかりそうになり止まり・・・ シャーベット上の雪に板を引っ掛けては転び・・・</p>
<p>そんなことでは、スノーボードを練習すること自体が嫌いになってしまう、と心配になりました。</p>
<p>今日は、雪の状態はそれほど悪くなかったのですが、初心者コースはやはり混雑していました。先週のようなひどいことにならぬよう、今日は違うコースで練習しようと思い、リフトに乗ってみることにしました。</p>
<p>もっと恐がるかと思ったのですが、乗せてみると Grace はリフトを恐がることもなく、転ぶことなく無事にリフトから降りることも出来ました。（もちろん僕が後ろから支えましたが）</p>
<p><a href="http://hajimete-hawaii.com/blog/wp-content/uploads/2010/01/grace-snowboarding1.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-1119" title="grace-snowboarding1" src="http://hajimete-hawaii.com/blog/wp-content/uploads/2010/01/grace-snowboarding1-225x300.jpg" alt="grace snowboarding1 225x300 ６歳の Grace は今日初めてリフトに乗って、スノーボードをしました" width="225" height="300" /></a></p>
<p>リフトに乗ってゲレンデをあがるのも、広いコースの方が滑ることも、どちらも気持ちよかったようです。</p>
<p>Grace は一生懸命に何度転んでも起き上がって頑張って練習してくれました。</p>
<p>このまま順調に上達して、はじめはできなくても出来るようになる、練習することは楽しい、と感じてもらいたいです。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>悩まずに生きたい人へ</title>
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		<pubDate>Sat, 14 Nov 2009 14:47:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator>小山圭介</dc:creator>
				<category><![CDATA[僕の人生哲学]]></category>
		<category><![CDATA[人]]></category>
		<category><![CDATA[悩み]]></category>

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		<description><![CDATA[これは移住に限った話ではありません。日本だろうと、アメリカだろうと、どこにいても悩まずに暮らしている人もいるかもしれません。でも、ひとは何かと悩むものでしょう。 「悩む」 「心配する」 ということについて僕のことを話すと、実は僕は昔はとても悩むことが多い人でした。特に大学１、２年の頃がひどかったです。今からでは信じられないくらいの話ですが・・・ でも今ではあまりクヨクヨ悩まずに暮らすことができるようになりました。どうやって僕が悩まずに生きられるようになったのか。今日はそれを書いてみたいと思います。 自分は悩みがちだ、と感じている人がこれを読んで、少しでも気が楽になったら嬉しいです。 僕が悩まない人になれた方法 ～ ABC 理論 昔僕は何かとグズグズ悩む性格でした。あまり、そう見えていなかったかもしれませんが、人知れず、悩むことも多かったです。特に大学１，２年の頃がひどかったように思います。 それがどうして、「あまり悩まない人」 になったかというと、それは心理カウンセリングの 「ABC 理論」 という方法を知ったのがきっかけでした。 カウンセリングといっても、自分の性格を直そうなどと積極的に考えて、そのての本を読んだわけではなくて、たまたま読んだ本にそういうことが書いてあったのです。僕はその専門家ではないので、もしかしたら本物のそれとは全然違うかもしれませんが。。。 ともあれ、僕の中では、次に書くようなものが ABC 理論なのです。 「A （Action） が C （Conclusion, 結論、感情） をもたらすのではなく、A （Action） に対する B （Befief = 信念） が C （感情） をもたらす」 という考え方です。 つまり、あなたが 「悲しい出来事が起きた」 と思ったとき、その 「出来事」 を 「悲しい出来事」 にしているのは、あなたの 「信念」 あるいは 「考え方」 だ、ということなのです。つまり、「出来事」 はそれだけでは、良くも悪くも、嬉しくも悲しくもない。その 「出来事」 をあなたがどのように解釈しているか、ということによって、それが 「良い出来事」 「悪い出来事」 「悲しい出来事」 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>これは移住に限った話ではありません。日本だろうと、アメリカだろうと、どこにいても悩まずに暮らしている人もいるかもしれません。でも、ひとは何かと悩むものでしょう。</p>
<p>「悩む」 「心配する」 ということについて僕のことを話すと、実は僕は昔はとても悩むことが多い人でした。特に大学１、２年の頃がひどかったです。今からでは信じられないくらいの話ですが・・・</p>
<p>でも今ではあまりクヨクヨ悩まずに暮らすことができるようになりました。どうやって僕が悩まずに生きられるようになったのか。今日はそれを書いてみたいと思います。</p>
<p>自分は悩みがちだ、と感じている人がこれを読んで、少しでも気が楽になったら嬉しいです。</p>
<p></p>
<h2>僕が悩まない人になれた方法 ～ ABC 理論</h2>
<p>昔僕は何かとグズグズ悩む性格でした。あまり、そう見えていなかったかもしれませんが、人知れず、悩むことも多かったです。特に大学１，２年の頃がひどかったように思います。</p>
<p>それがどうして、「あまり悩まない人」 になったかというと、それは心理カウンセリングの 「ABC 理論」 という方法を知ったのがきっかけでした。</p>
<p>カウンセリングといっても、自分の性格を直そうなどと積極的に考えて、そのての本を読んだわけではなくて、たまたま読んだ本にそういうことが書いてあったのです。僕はその専門家ではないので、もしかしたら本物のそれとは全然違うかもしれませんが。。。 ともあれ、僕の中では、次に書くようなものが ABC 理論なのです。</p>
<p>「A （Action） が C （Conclusion, 結論、感情） をもたらすのではなく、A （Action） に対する B （Befief = 信念） が C （感情） をもたらす」</p>
<p>という考え方です。</p>
<p>つまり、あなたが 「悲しい出来事が起きた」 と思ったとき、その 「出来事」 を 「悲しい出来事」 にしているのは、あなたの 「信念」 あるいは 「考え方」 だ、ということなのです。つまり、「出来事」 はそれだけでは、良くも悪くも、嬉しくも悲しくもない。その 「出来事」 をあなたがどのように解釈しているか、ということによって、それが 「良い出来事」 「悪い出来事」 「悲しい出来事」 「嬉しい出来事」 になるのです。</p>
<p>例えば、クラシック音楽のコンサートに行ったとします。</p>
<p>隣の人たちが演奏の間、ぺちゃくちゃおしゃべりしていたらどうでしょうか？ あなたは、「うるさいなぁ。こんなときのおしゃべりするべきじゃないのに！」 と怒りがこみ上げてくるのではないでしょうか？ </p>
<p>しかし、もしも、そのコンサートに 「隣でおしゃべりしている人がいたら、お詫びに１００万円差し上げます」 という決まりがあったら、どうでしょうか？ </p>
<p>それでも怒る人はいるでしょうが、中には 「やった！隣の人がおしゃべりしてる！１００万円いただき！」 と思って喜ぶ人もいるのではないでしょうか。</p>
<p>つまり、出来事 （＝「静かにしていて欲しいときにうるさかった」） が、あなたの感情を変えた （＝「怒る」「喜ぶ」） のではなく、 その出来事に対する判断 （＝「クラシック音楽を聴くときは静かにしているべきだ」 「やった！１００万円ゲット！」 ） があなたの感情を変えたのです。</p>
<p>これを突き進めて考えると、どういうことかというと、つまり &#8220;B ＝ 自分の考え方&#8221; を変えると、C ＝ 感情 も変わる。ということなんです。</p>
<p>そこで、Brief (=自分の信念、考え方) に着目して、これを悩まないような考え方にしていきましょう。そうすれば、感情をひどく悪いように乱さずに過ごすことが出来ますよ、ということが 「ABC 理論」 なのです。</p>
<h2>学校を中退した人は皆落伍者か</h2>
<p>僕は大学（院）を中退しています。そこで、</p>
<p><span style="color: #808000;">「大学を中退した。だから、私は落伍者である」</span></p>
<p>と、考えちゃうと実際に学校を中退してますから、落ち込みますよね。</p>
<p>でも、&#8221;大学を中退&#8221; （A）から &#8220;落伍者である&#8221; という結論付けをするのはよく考えてみるとおかしいんです。</p>
<p><span style="color: #808000;">「大学を中退した。だから、私は時間ができた。この機会に留学しよう」<br />
「大学を中退した。そのおかげで、私は働く機会に恵まれた。」</span></p>
<p>のように、「中退した。」 の後に、ポジティブな文章が続くこともあるわけです。</p>
<p>よく考えると &#8220;落伍者である&#8221; と考える人は、次のように考えているのです。</p>
<p><span style="color: #808000;">大学を中退した （A）<br />
↓<br />
<strong>（大学は皆ちゃんと卒業すべきである） （B＝信念）</strong><br />
↓<br />
だから、私は落伍者である （C= 結論）</span></p>
<p>何を間違えていたかというと、B の信念が間違えているのです。</p>
<p>「卒業したい」 という &#8220;願望&#8221; を 「卒業すべき」 という &#8220;義務&#8221; に考えてしまっているところがおかしいのです。別にそんな法律はないですし、中退したからといって、中退した人が全員落伍者なわけじゃないです。例えば、世界一のお金持ちのビル・ゲイツ氏は大学を中退しています。</p>
<p>&#8220;願望&#8221; はあくまで &#8220;願望&#8221;、 &#8220;希望&#8221; です。世の中は自分のためにあるわけじゃないですから、 「自分の &#8220;願望 ・ 希望&#8221; がいつでもかなえられなければいけない」 と考えること自体が非合理的・誤りであることは間違いないです。</p>
<p>だから、正しくこう考えればよいのです。</p>
<p><span style="color: #808000;">大学を中退した （A）<br />
↓<br />
<strong>（大学は卒業したかった（願望）。まぁ卒業できるに越したことはないけれど、中退したからといって、世の中の終わりになるわけじゃない。あいた時間を使って、いろんなことにチャレンジしよう） （B）</strong><br />
↓<br />
だから、私は留学する （C） </span></p>
<p><strong>前者の考え方の人は</strong> <strong>「卒業すべき。そうでない自分は落伍者」 といって悩んでいますが、後者の人は同じ状況なのに留学の夢に希望を膨らませている</strong>わけです。</p>
<p>こういう風に、</p>
<p><strong>「出来事それ自体が自分の感情を引き起こすのではなく、出来事に対する解釈こそが自分の感情を引き起こす」</strong></p>
<p>と、考えるのが &#8220;ABC 理論&#8221; です。</p>
<p>よいことも悪いことも、あなたの考え次第、というわけです。名前は忘れましたが有名な人の言葉に、次のような言葉もあります。</p>
<blockquote><p>私の許可なくして、誰も私を傷つけることは出来ない。</p></blockquote>
<p>僕はこの ABC 理論の考え方がとても大好きです。</p>
<p>大学３年の頃にその考え方を知って以来、自分が悩んだり、怒ったり、悲しんだり、と、感情を乱したときに、「自分はどういう考えを持っているから、こんな気持ちなんだろう？」 と考えるようになりました。そして、そこでわかった考え方を自分で修正していくことで、あまり悩まない性格になってきました。</p>
<p>もし、あなたの身の回りに、悲しい出来事、つらい出来事が起きたと思って、つらい思いをしている人は、自分がどういう考えでそんな気分になっているか、ぜひ考えてみてください。そして、考え方をもう少し楽な考え方に変えてみてください。</p>
<p>人間誰でも過ちを犯すことはあるものです。間違わなかったら、それに越したことはないけれども、一度や二度何かを間違えたくらいで、世の中の終わりになるわけじゃないし、全てパーだ、と考えることもおかしいわけです。</p>
<p>そういう観点で自分の考え方を修正していけば、きっとだいぶ気が楽になるはずです。</p>
<p>ABC 理論については以上です。</p>
<p>もう少し ABC 理論について知りたい方は、こちらの本がわかりやすいと思います。</p>
<p><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4061490117?ie=UTF8&amp;tag=keisukeoyama-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4061490117">自己変革の心理学―論理療法入門 (講談社現代新書)</a><img style="border:none !important; margin:0px !important;" src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=keisukeoyama-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4061490117" border="0" alt=" 悩まずに生きたい人へ" width="1" height="1" title="悩まずに生きたい人へ" /></p>
<p>では次に、悩まないための考え方をいくつかご紹介したいと思います。</p>
<h2>「常識」 という言葉にとらわれない。自分らしく生きる。</h2>
<p>「常識」 という言葉に注意してください。「常識」 という言葉に闇雲に従うと、意味なく、自分に手かせ、足かせを付けてしまうことになります。</p>
<p>確かに常識は存在します。例えば、日本やアメリカのレストランで大騒ぎすることは、いわば 「非常識」 でしょう。 周りの人が迷惑だと感じることは間違いないことです。しかし、こういうときも  「常識だから」 「非常識だから」 として頭に入れることをやめたほうが良いのです。もしかしたら、どこかの国や地方では、大騒ぎして食べることこそが常識であり、礼儀正しいかもしれません。可能性はゼロではありません。だから 「常識だから」 「非常識だから」 という理由付けをすることは実は誤りなのです。</p>
<p>だから、<strong>常に 「常識だから」 「非常識だから」 という 理由付けで終わることなく、もう一歩考えてみることが大切</strong>です。</p>
<p>例えば、レストランで大騒ぎすることを例に取って考えてみましょう。「非常識だから大騒ぎするのをやめよう」 と考えるのではなく、<span style="color: #808000;">「レストランで大騒ぎすると、ほこりが立って不衛生で、自分だけでなく、他人にも迷惑がかかるから、大騒ぎするのをやめよう」</span> と考えたらどうでしょうか。レストランで大騒ぎすることでほこりが立ち、不衛生であることは事実であって、どこかの国や習慣ではありません。だから、このように考えておけば、どの国に行っても、どこにいても、どんな状況でも、自分は一貫性のある行動をとることができ、自分は自分の信念でこのような行動をとっているのである、という自信を持って生きることが出来ます。</p>
<p>だから、あなたが誰かに  「そんなの常識だよ」  と言われても、そんなことは気にしないことです。少なくとも闇雲に 「そうなのか。それが常識か。それに従おう」 と鵜呑みにしないことです。</p>
<p>相手は 「常識」 という言葉で、あなたを操ろうとしているのかもしれません。相手の価値観で 「常識」 であることを、あなたに押し売りしているだけかもしれません。相手の価値観を闇雲に、あたかも一般的な真理のように鵜呑みにする必要性などどこにもありません。</p>
<p>ただし、 「郷に入らば郷に従え」 のことわざの通り、自分の信念を貫くことである程度の礼を失する場合もあるでしょう。その点だけ時々は配慮しないといけないかもしれません。 ただ、その場合においても、「『常識』 だから自分はこんな事をしているのではない。今自分がこれをしないと相手が不愉快になりどうしようもないので、一時的にこのような自分の意に反していることをしているのだ」 と思うとよいです。 <strong>やむを得ず同調しているときも、そのように自分の意に反していることをハッキリと悟ることが大切</strong>です。そうすれば、「自分は反社会的なのではないか」、「自分は適応力がないのではないか」 などと自分に自信を失うことがありません。 そして、 「『この場所』『この文化』 では自分は、自分が正しいを思う行動を取れない」 とハッキリ理解することが出来、引越しをするなり、転職をするなりの解決策へと進むことができるのです。</p>
<h2>人に嫌われることを恐れない</h2>
<p>多くの人は人に嫌われることを嫌います。僕はこの感情は、人が対人関係の問題を感じ取り、調和するために何か策を練るきっかけとなるための良い感情だと思います。</p>
<p>しかし、中にはこの感情を利用して、人を操ろうとする人がいます。</p>
<p>人を露骨に批判する人は、たいていの場合、単に自分の言うことを聞かせたいだけなのです。非常に子供っぽい自己中心的な考え方から、そうした批判をすることも少なくないものです。そして、それを聞いた人には、自分がその批判の標的にならぬよう、一緒になって悪口を言う人もいます。こういう、子分体質の人には、自分がない人が多いものです。</p>
<p>小学生の頃など、女子生徒のグループ争い、派閥争いを経験した人も多いと思います。グループのリーダー格の子は、言葉巧みに、あたかも相手側が悪い人のようなレッテルを貼り、自分のグループに仲間を引き寄せようとします。この派閥からはぐれると、いじめの対象になってしまう・・・悪者のレッテルを貼られてしまう・・・だから、人の悪口に同調し、悪者のレッテルを貼られる側ではなく貼る側につこうとするものです。無論、これは正義に背くことです。小さい頃の記憶だけではなく、大人になってもそんなことをしている人がいるのは、あなたもお気づきでしょう。</p>
<p>そんな人から嫌われることを恐れないことです。</p>
<p>子供は、親に嫌われ育ててもらえなければ生きていけません。だから、嫌われることは死活問題ですから、不機嫌な親には顔色をうかがって生きる子供が育ってしまいます。逆に子供が親からの愛情を疑うことなく受けていれば、のびのびと生きることが出来ます。</p>
<p>大人になって自立していれば、特定の誰かの顔色を見て暮らさないといけないと言うこともありません。相手が自分の言うことを聞かせようとして、常識や嫌悪感をふりかざしプレッシャーをかけてきたとき、調和できるに越したことはありませんが、それが出来ない場合、決別する勇気を持てばよいだけなのです。</p>
<h2>そもそも何が良い出来事で何が悪い出来事か、などすぐにわからない ～ 万事塞翁が馬</h2>
<p>あなたが 「つらい、悪い、ひどい事態になってしまった」 と思ったときにぜひ思い出していただきたいことは、<strong>人間万事塞翁が馬</strong>、ということです。良いことも悪いことも、それが起きたときには、わからないものだということです。</p>
<p>人間は変化に弱いものです。今住んでいるところから引越しをしなくてはいけなったとき、今の仕事を辞めて次の仕事を探さなくてはいけないとき等、あなたの人生に日常と違う何か変化があるとき、「困った。ひどい事態になってしまった」 と悩むものです。</p>
<p>しかし、人間万事塞翁が馬の話の通り、何か物事、変化が起きたときに、それが本当に悪いことなのか、良いことなのか、すぐにわかるものではありません。もしかしたら、今困難、不幸と思っている出来事をきっかけにして、将来より良い成功をするかもしれません。僕のプロフィールを読んでいただければお分かりかと思いますが、僕もその時々では結構いろいろと困った状態に陥ったことは多々ありました。しかし、今から振り返れば、それがあったから今の自分がある。だから、あってよかった。と思えるものばかりです。</p>
<p><strong>だから、何か困難があったとき、「もうだめだ」 と絶望する必要は全くなく、「これは良いことの前兆に違いない」 「５年後から今を振り返れば、これをきっかけに何かよいことが起きているはずだ」 と思う</strong>とよいのです。</p>
<p>また、「困難とはチャンスが作業着を着て現れたものである。」 と言います。困難が起きたときに、「もうだめだ」 と思う必要は全くありません。</p>
<blockquote><p>困難とは、チャンスが作業着を着て現れたものである</p></blockquote>
<h2>自分に厳しくしすぎない</h2>
<p>最後に少し気楽な考え方も紹介しておきます。</p>
<p>確か 「うまく行っている人の考え方」 とかいう本に書いてあったことだと思いますが、自分に厳しすぎるのもよくないのだそうです。うろ覚えで申し訳ないですが、引用しますと、確かこんな風だったと思います。</p>
<blockquote><p>自分に厳しすぎないといいことがある。自分に厳しくしすぎなければ、次に 「どうしたらもっとうまくできるか」 考える余裕が出来るから、物事がうまく行くようになるのだ</p></blockquote>
<p>野球のイチロー選手のように、自分に厳しくしている人が成功するのをみると、自分が自分に甘くするのをためらってしまうかもしれません。でも、自分に優しくすることで、もっと物事がうまく進むようになることもあるのです。そう考えると、気が楽になると思います。</p>
<p>以上、僕の悩まない考え方、方法を紹介しました。これで、あなたの悩みがひとつでも減らせれば、僕はこれを書いた甲斐があったというものです。</p>
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		<title>只今ダイエット中</title>
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		<pubDate>Mon, 21 Sep 2009 00:42:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator>小山圭介</dc:creator>
				<category><![CDATA[アメリカ生活で経験したこと]]></category>
		<category><![CDATA[僕の人生哲学]]></category>
		<category><![CDATA[ダイエット]]></category>
		<category><![CDATA[只今]]></category>

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		<description><![CDATA[今僕はダイエット中です。 僕がダイエットしている理由と、その途中経過及びその方法についてご紹介します。 ダイエットの理由１. 今僕が病気になったらきっとみんな困るだろう&#8230; 僕がダイエットをはじめようと思った理由。 第一の理由は、「きっと、今僕が病気になって働けなくなったらみんな困るだろう」 と心底思うようになったからです。 働けなくなって会社をクビになったら、日本に帰国しなければなりません。 子供はアメリカの教育を受けさせることが出来なくなります。 せっかくアメリカで頑張っていこうと考えてやっているのに、これは残念なことです。 ダイエットの理由２．やせたらスノーボードももっと楽しくなるだろう それから、やせたらスノーボードがもっと楽しくなるだろう、というお気楽な理由もあります。 昨シーズン痛感したのですが、学生の頃と比べて１０キロ近くも太っていましたので、体が重くて思うように動けないのです。 滑っているときだけではなく、ブーツを履くとき、脱ぐときなどもそうです。 これが学生の頃の体重に戻せれば、きっとより楽しいだろうと思うのです。 スノーボードは１２月下旬くらいから始まりますから、それまでに体重を６４キロ～６５キロ位にしたいと思っています。 ダイエット開始から２ヶ月半でやっと３キロくらい落ちました ダイエットを始めたのは７月はじめです。 それから少しずつ体重を落としてきて、今は３キロくらい減りました。 １ヶ月１キロペースなので、極めてゆっくりですが、着実に落ちてきています。 毎日規則正しく計測しているわけではないですし、時々がっちり食べているので、歯抜けのガタガタのグラフですが、およその傾向はわかります。 一ヶ月に体重の５％以上落とすとリバウンドする体質になるそうです。 例えば、体重６０キロの人なら、その５％は３キロなので、ひと月に３キロ以上落とすと、体が栄養を吸収しやすい体質に変わってしまい、リバウンドしやすい状態になるのだそうです。 僕はリバウンドは嫌なので、ゆっくり落とすようにしています。 （それにしても、ゆっくり過ぎるペースなのですが・・・） 僕のダイエットの考え方は 「ただ体重を減らす」 のではなく 「生活習慣の改善」 です 僕は 「太る傾向」 を 「悪い生活習慣である証拠」 という風に考えるようにしています。 「体重そのもの」 を単に 「減らそう」 と考えるのではなく、「適正な体重となる生活習慣にする」 と考えるのです。 その意味で今は 「生活習慣の改善中」 ということができます。 僕のダイエット方法は単純明快、かつ、確実にやせられます と、ごちゃごちゃ言いましたが、僕のダイエットの方法は単純明快です。 朝起きてトイレに行ったあと体重を量る 何か食べる前になるべく成分表をチラ見する 「この二つをルーズ実施する」 だけです。 「ルーズに実施」 という点も実は重要なポイントです。 「厳密に実施」 しようとすると、いったん連続記録が途絶えたところで、緊張感が解けてダイエットに失敗します。 だから、極力 「ルーズに実施する」 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>今僕はダイエット中です。</p>
<p>僕がダイエットしている理由と、その途中経過及びその方法についてご紹介します。</p>
<h3>ダイエットの理由１. 今僕が病気になったらきっとみんな困るだろう&#8230;</h3>
<p>僕がダイエットをはじめようと思った理由。</p>
<p>第一の理由は、「きっと、今僕が病気になって働けなくなったらみんな困るだろう」 と心底思うようになったからです。</p>
<p>働けなくなって会社をクビになったら、日本に帰国しなければなりません。</p>
<p>子供はアメリカの教育を受けさせることが出来なくなります。</p>
<p>せっかくアメリカで頑張っていこうと考えてやっているのに、これは残念なことです。</p>
<h3>ダイエットの理由２．やせたらスノーボードももっと楽しくなるだろう</h3>
<p>それから、やせたらスノーボードがもっと楽しくなるだろう、というお気楽な理由もあります。</p>
<p>昨シーズン痛感したのですが、学生の頃と比べて１０キロ近くも太っていましたので、体が重くて思うように動けないのです。</p>
<p>滑っているときだけではなく、ブーツを履くとき、脱ぐときなどもそうです。</p>
<p>これが学生の頃の体重に戻せれば、きっとより楽しいだろうと思うのです。</p>
<p>スノーボードは１２月下旬くらいから始まりますから、それまでに体重を６４キロ～６５キロ位にしたいと思っています。</p>
<h3>ダイエット開始から２ヶ月半でやっと３キロくらい落ちました</h3>
<p>ダイエットを始めたのは７月はじめです。</p>
<p>それから少しずつ体重を落としてきて、今は３キロくらい減りました。</p>
<p>１ヶ月１キロペースなので、極めてゆっくりですが、着実に落ちてきています。</p>
<p><img src="http://hajimete-hawaii.com/blog/wp-content/uploads/2009/09/my-weight.png" alt="7月1日からの体重の移り変わり" title="7月1日からの体重の移り変わり" width="315" height="321" class="alignnone size-full wp-image-599" /></p>
<p>毎日規則正しく計測しているわけではないですし、時々がっちり食べているので、歯抜けのガタガタのグラフですが、およその傾向はわかります。</p>
<p>一ヶ月に体重の５％以上落とすとリバウンドする体質になるそうです。</p>
<p>例えば、体重６０キロの人なら、その５％は３キロなので、ひと月に３キロ以上落とすと、体が栄養を吸収しやすい体質に変わってしまい、リバウンドしやすい状態になるのだそうです。</p>
<p>僕はリバウンドは嫌なので、ゆっくり落とすようにしています。<br />
（それにしても、ゆっくり過ぎるペースなのですが・・・）</p>
<h3>僕のダイエットの考え方は 「ただ体重を減らす」 のではなく 「生活習慣の改善」 です</h3>
<p>僕は 「太る傾向」 を 「悪い生活習慣である証拠」 という風に考えるようにしています。</p>
<p>「体重そのもの」 を単に 「減らそう」 と考えるのではなく、「適正な体重となる生活習慣にする」 と考えるのです。</p>
<p>その意味で今は 「生活習慣の改善中」 ということができます。</p>
<h3>僕のダイエット方法は単純明快、かつ、確実にやせられます</h3>
<p>と、ごちゃごちゃ言いましたが、僕のダイエットの方法は単純明快です。</p>
<ol>
<li>朝起きてトイレに行ったあと体重を量る
<li>何か食べる前になるべく成分表をチラ見する
</ol>
<p>「この二つをルーズ実施する」 だけです。</p>
<p>「ルーズに実施」 という点も実は重要なポイントです。</p>
<p>「厳密に実施」 しようとすると、いったん連続記録が途絶えたところで、緊張感が解けてダイエットに失敗します。</p>
<p>だから、極力 「ルーズに実施する」 のです。</p>
<p>例えば、ある日、体重を量り忘れても、お構いなく次の日に量れば良しとします。</p>
<p>成分表を見たくないとき （＝とにかく好きなものを食べたいとき） は見ないでしっかり食べます。</p>
<p>精神的なストレスになると、逆に体に悪そうですし、第一、続かないからです。</p>
<p>「体重を量る」 「カロリーを気にする」 これを継続するだけで、不思議とやせてくるものです。</p>
<p>今のところ、一ヶ月１キロペースですが、たとえこのスローペースでもスノーボードのシーズンが始まるまでには、あと３ヶ月はありますから、きっと６５キロ台になっているはずです。</p>
<p>やせたら太っている時と比べて、もっと上手に滑れるんじゃないかと今から楽しみです。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>みんな好き勝手生きているように見えるアメリカ</title>
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		<pubDate>Thu, 27 Aug 2009 14:56:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator>小山圭介</dc:creator>
				<category><![CDATA[アメリカ生活で経験したこと]]></category>
		<category><![CDATA[僕の人生哲学]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://hajimete-hawaii.com/blog/?p=521</guid>
		<description><![CDATA[アメリカに来てあらためて感じたのですが、日本は 「このように生活しないといけない」 という 「縛り」 というか 「共通認識」 というか、そういう 「暗黙のルール」 が強すぎると思います。このため生活しにくくなっている面があると思います。 例えば、服装ひとつとっても 「この時期にはこんな服装」 とか、そういう暗黙のルールがあると思います。例えば、「もう９月だし、みんな長袖かな？」 とか、そういう風に回りを気にしたことはありませんか？ そして、その &#8220;ルール&#8221; から外れてしまったとき、その人を 「ちょっと変な人」 と思ってしまう。あるいは、自分がそのルールから外れたと感じたとき、「変な人と思われていそうだ」 と思ってしまう。。。 僕も日本にいたときは、自分や他人をそのように判断する傾向があったように思います。 みんな好き勝手生きているアメリカ しかし、アメリカに来て、僕のそうした考えもガラリと変わりました。 服装もてんでバラバラ、みんな好き勝手に自分の好きなものを着ている。ダウンを着て寒がっている人がいるかと思うと、その隣で、半そで短パンのおじさんが歩いている。おしゃれな現代的な服装を着ている人がいるかと思えば、どこかの国の民族衣装のような独特な服装をしている人がいる。。。 アメリカに来てそのような光景をみるにつれ、みんな好き勝手にしているほうが、僕には自然に思えてきたのです。 「常識」 は必ずしも 「常識」 ではない 日本にいたときは 「もう９月だし、みんな長袖かな？」 とか、回りを気にしていたのがバカバカしく、思えてきたのです。なんで、そんなことを心配しなければいけないのか、と。 結局のところ、自分が 「当たり前」 とか 「常識」 と思っていたことは、アメリカでは当たり前ではなかったのです。 自分を信じて生きる アメリカでは、周りに合わせるというよりはむしろ自分の考えで、好きなように、個性的に生きていることを誇りに感じている人が多いように思います。 かくいう僕も、正直に言えば、「アメリカに暮らすことを選択し、苦労してでもアメリカで暮らしていること」 を誇らしく思っています。アメリカで、自分の好きなように、自分が正しいと思うことを信じて、生活していることを誇りに思います。 お金のあるなしは、尊敬の有無とかかわるのか ちょっと話はかわりますが、麻生総理大臣が、次のような発言をしたそうです。 「金がねえなら結婚しない方がいい。うかつにそんなことしない方がいい。おれは金はない方じゃなかった。だけど結婚は遅かった。稼ぎが全然なくて尊敬の対象になるかというと、なかなか難しい」 麻生太郎 総理大臣、 学生の対話にて 僕の価値観でズバリ言えば、このような発言をする人こそ 「尊敬の対象」 にならないと思います。 金銭的に厳しい状況でも、自分の価値観や夢を信じて、一生懸命生きている人はたくさんいます。 一国の首相ともあろう人が、そういういろいろな人がいることを忘れ、あるいは認めないのは残念なことです。金銭面だけを見て、尊敬できるできない、を判断したり、できるものではありません。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>アメリカに来てあらためて感じたのですが、日本は 「このように生活しないといけない」 という 「縛り」 というか 「共通認識」 というか、そういう 「暗黙のルール」 が強すぎると思います。このため生活しにくくなっている面があると思います。</p>
<p>例えば、服装ひとつとっても 「この時期にはこんな服装」 とか、そういう暗黙のルールがあると思います。例えば、「もう９月だし、みんな長袖かな？」 とか、そういう風に回りを気にしたことはありませんか？ そして、その &#8220;ルール&#8221; から外れてしまったとき、その人を 「ちょっと変な人」 と思ってしまう。あるいは、自分がそのルールから外れたと感じたとき、「変な人と思われていそうだ」 と思ってしまう。。。</p>
<p>僕も日本にいたときは、自分や他人をそのように判断する傾向があったように思います。</p>
<p></p>
<h3>みんな好き勝手生きているアメリカ</h3>
<p>しかし、アメリカに来て、僕のそうした考えもガラリと変わりました。</p>
<p>服装もてんでバラバラ、みんな好き勝手に自分の好きなものを着ている。ダウンを着て寒がっている人がいるかと思うと、その隣で、半そで短パンのおじさんが歩いている。おしゃれな現代的な服装を着ている人がいるかと思えば、どこかの国の民族衣装のような独特な服装をしている人がいる。。。</p>
<p>アメリカに来てそのような光景をみるにつれ、みんな好き勝手にしているほうが、僕には自然に思えてきたのです。</p>
<h3>「常識」 は必ずしも 「常識」 ではない</h3>
<p>日本にいたときは 「もう９月だし、みんな長袖かな？」 とか、回りを気にしていたのがバカバカしく、思えてきたのです。なんで、そんなことを心配しなければいけないのか、と。</p>
<p>結局のところ、自分が 「当たり前」 とか 「常識」 と思っていたことは、アメリカでは当たり前ではなかったのです。</p>
<h3>自分を信じて生きる</h3>
<p>アメリカでは、周りに合わせるというよりはむしろ自分の考えで、好きなように、個性的に生きていることを誇りに感じている人が多いように思います。</p>
<p>かくいう僕も、正直に言えば、「アメリカに暮らすことを選択し、苦労してでもアメリカで暮らしていること」 を誇らしく思っています。アメリカで、自分の好きなように、自分が正しいと思うことを信じて、生活していることを誇りに思います。</p>
<h3>お金のあるなしは、尊敬の有無とかかわるのか</h3>
<p>ちょっと話はかわりますが、麻生総理大臣が、次のような発言をしたそうです。</p>
<blockquote><p>「金がねえなら結婚しない方がいい。うかつにそんなことしない方がいい。おれは金はない方じゃなかった。だけど結婚は遅かった。稼ぎが全然なくて尊敬の対象になるかというと、なかなか難しい」</p>
<p style="text-align: right;"><a href="http://www.asahi.com/politics/update/0824/TKY200908240419.html">麻生太郎 総理大臣、 学生の対話にて</a></p>
</blockquote>
<p>僕の価値観でズバリ言えば、このような発言をする人こそ 「尊敬の対象」 にならないと思います。</p>
<p>金銭的に厳しい状況でも、自分の価値観や夢を信じて、一生懸命生きている人はたくさんいます。</p>
<p>一国の首相ともあろう人が、そういういろいろな人がいることを忘れ、あるいは認めないのは残念なことです。金銭面だけを見て、尊敬できるできない、を判断したり、できるものではありません。</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>子供に見せたくない日本の漫画</title>
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		<pubDate>Fri, 14 Aug 2009 06:16:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator>小山圭介</dc:creator>
				<category><![CDATA[アメリカ生活で経験したこと]]></category>
		<category><![CDATA[僕の人生哲学]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://hajimete-hawaii.com/blog/?p=511</guid>
		<description><![CDATA[僕もはじめは 「せっかくアメリカに暮らしているのだし、子供にはなるべく、日本の番組ではなくアメリカのテレビ番組や DVD を多く見せよう」 と、そう思っていました。 でもこれは、&#8221;親にとって&#8221; とてもストレスの多いことだということを、Grace が赤ちゃんの頃に気付きました。 やっぱり、英語を聞いているより日本語を聞いているほうがラクですからね。英語ばかりではやっぱり大変です。子育ても大変なのに、英語のストレスもあってはこれは精神衛生上良くない、と悟り、余計なことはあまり考えず、 DVD などで日本のテレビ番組を見せるようになっています。 でも、「この番組はあまりにひどい」 と思う日本のテレビ番組があります。 子供に見せたくない日本のテレビ番組。 それは 「ドラえもん」 です。 大変主観的であることは百も承知ですが、ここは僕のブログなので、思っていることをズバリ書いておきたいと思います。 理由１．ドラえもんには暴力シーンが多すぎる ドラえもんを子供に見せたくない理由のひとつめ。それは、暴力シーンがあまりに目立つことです。 ドラえもんについては、日本人のほとんどの方がご存知と思いますので、詳しい説明は省力しますが、ドラえもんには ジャイアン というからだの大きな子供が登場します。ジャイアンはとても暴力的な子供で、自分の言うことを聞かない友達に暴力をふるいます。 その暴力がちょっとやそっとじゃありません。 相手を持ち上げて投げ飛ばす。顔面をパンチする。あきらかに体格差のある弱者（＝のび太）に対して、とことん暴力を振るい続けます。 理由２．「勉強は面白くないもの」 という固定観念 主人公ドラえもんの主は、のび太という子供です。 頭の悪い子供で、勉強嫌い。 安易にドラえもんの 「便利な道具」 に頼ろうとしたり、と、怠け者すぎて、正直僕はのび太を好きではありません。 一方、勉強のできる子供は 「出来杉 （出来過ぎ）」 君という、嫌味なほどの優等生が登場します。 その優等生の名前から考えても、「勉強が好き」 という態度を、まるでからかっているかのようです。 ジャイアンは逮捕。のび太は哀れな結末に。出来杉君は普通の人に。 「ドラえもんごときに、何を言っているのだ」 と思われそうですが、子供に何らかの影響がありそうだと思うと、やはりちょっと考えてしまいます。 ジャイアンは逮捕（補導）されるべきではないか・・・、あの暴力の程度から考えて、ちょっとした注意では済まされず、何らかの刑罰があるべきではないか、と思われてきます。 また、のび太はあまりに勉強をせずに怠けてばかりいるので、将来困ることになる・・・。 出来杉君は、「２０歳過ぎればただの人」 の言葉の通り、ごく普通の一生懸命働く勤勉なサラリーマンとなり、幸せな家庭を築く・・・。 そんな将来像も見えてもいいように思われます。 そうすれば、「ホラ、のび太みたいにならないように、頑張ってお勉強しないとね。」 とか 「みんな一生懸命働いてるでしょ。小さな頃は、みんな出来杉君みたいに頑張ってたんだよ」 と言えるのではないか。。。 僕は子供には、いろいろなことに興味を持ち、今はわからないことでも、根気強く調べたり、考えるような子供になって欲しいと思っています。 のび太みたいに、すぐに何かを投げ出したり、ジャイアンのように暴力的になったりして欲しくないのです。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>僕もはじめは 「せっかくアメリカに暮らしているのだし、子供にはなるべく、日本の番組ではなくアメリカのテレビ番組や DVD を多く見せよう」 と、そう思っていました。</p>
<p>でもこれは、&#8221;親にとって&#8221; とてもストレスの多いことだということを、Grace が赤ちゃんの頃に気付きました。</p>
<p>やっぱり、英語を聞いているより日本語を聞いているほうがラクですからね。英語ばかりではやっぱり大変です。子育ても大変なのに、英語のストレスもあってはこれは精神衛生上良くない、と悟り、余計なことはあまり考えず、 DVD などで日本のテレビ番組を見せるようになっています。</p>
<p>でも、「この番組はあまりにひどい」 と思う日本のテレビ番組があります。</p>
<p><span style="color: #ff0000;">子供に見せたくない日本のテレビ番組</span>。 それは 「<strong>ドラえもん</strong>」 です。</p>
<p></p>
<p>大変主観的であることは百も承知ですが、ここは僕のブログなので、思っていることをズバリ書いておきたいと思います。</p>
<h3>理由１．ドラえもんには暴力シーンが多すぎる</h3>
<p>ドラえもんを子供に見せたくない理由のひとつめ。それは、暴力シーンがあまりに目立つことです。</p>
<p>ドラえもんについては、日本人のほとんどの方がご存知と思いますので、詳しい説明は省力しますが、ドラえもんには <strong>ジャイアン</strong> というからだの大きな子供が登場します。ジャイアンはとても暴力的な子供で、自分の言うことを聞かない友達に暴力をふるいます。</p>
<p>その暴力がちょっとやそっとじゃありません。</p>
<p>相手を持ち上げて投げ飛ばす。顔面をパンチする。あきらかに体格差のある弱者（＝のび太）に対して、とことん暴力を振るい続けます。</p>
<h3>理由２．「勉強は面白くないもの」 という固定観念</h3>
<p>主人公ドラえもんの主は、のび太という子供です。 頭の悪い子供で、勉強嫌い。</p>
<p>安易にドラえもんの 「便利な道具」 に頼ろうとしたり、と、怠け者すぎて、正直僕はのび太を好きではありません。</p>
<p>一方、勉強のできる子供は 「出来杉 （出来過ぎ）」 君という、嫌味なほどの優等生が登場します。</p>
<p>その優等生の名前から考えても、「勉強が好き」 という態度を、まるでからかっているかのようです。</p>
<h3>ジャイアンは逮捕。のび太は哀れな結末に。出来杉君は普通の人に。</h3>
<p>「ドラえもんごときに、何を言っているのだ」 と思われそうですが、子供に何らかの影響がありそうだと思うと、やはりちょっと考えてしまいます。</p>
<p>ジャイアンは逮捕（補導）されるべきではないか・・・、あの暴力の程度から考えて、ちょっとした注意では済まされず、何らかの刑罰があるべきではないか、と思われてきます。</p>
<p>また、のび太はあまりに勉強をせずに怠けてばかりいるので、将来困ることになる・・・。</p>
<p>出来杉君は、「２０歳過ぎればただの人」 の言葉の通り、ごく普通の一生懸命働く勤勉なサラリーマンとなり、幸せな家庭を築く・・・。</p>
<p>そんな将来像も見えてもいいように思われます。</p>
<p>そうすれば、「ホラ、のび太みたいにならないように、頑張ってお勉強しないとね。」 とか 「みんな一生懸命働いてるでしょ。小さな頃は、みんな出来杉君みたいに頑張ってたんだよ」 と言えるのではないか。。。</p>
<p>僕は子供には、いろいろなことに興味を持ち、今はわからないことでも、根気強く調べたり、考えるような子供になって欲しいと思っています。</p>
<p>のび太みたいに、すぐに何かを投げ出したり、ジャイアンのように暴力的になったりして欲しくないのです。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>「才能」 がやらないからという言い訳はダメ。何でも努力次第で克服できると考えたい。</title>
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		<pubDate>Tue, 28 Jul 2009 05:43:44 +0000</pubDate>
		<dc:creator>小山圭介</dc:creator>
				<category><![CDATA[アメリカ生活で経験したこと]]></category>
		<category><![CDATA[僕の人生哲学]]></category>

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		<description><![CDATA[・・・けれども、もし自分の生まれつきの傾向を克服しようと努めないのなら、 教養などというものは、 そもそも何のためにあるというのかね。 エッカーマン著『ゲーテとの対話（上）』 僕は立場上、時々人を指導する立場になることがあります。 「指導」 といってもそんなにエラい立場ではありません。 単にキャリアが１０数年となり、僕の専門分野 (＝主にWebやネットワークです) を新しく始める人に、いろいろと教えることが多くなっている、という程度の話です。 僕 は恐い人ではないと思いますし、基本的に 「それぞれの人が、好きなことをそれぞれやればいい」 という考えなので、たいていは基本的にやんわりと指導するスタイルです。「こういう風にするのが一番良いとおもう」 ということを伝え、教わった人はそれを実践するならすればいいし、やりたくないならやらなければいい。 ただそれだけのことです。 ですがひとつだけ、僕が簡単には 「はい、そうですか」 と認めるわけにはいかない &#8220;言い訳&#8221; があります。 「『才能』 がないからやりたくない」 という言い訳 それは、「私は 『才能』 がないから、やらない」 という言い訳です。 「好きではない。だから、やりたくない」 は仕方がありません。（ま、その場合は指導そのものが終了しますが） ですが、 「小山さんは 『才能』 があるからいいですね。でも、私は 『才能』 がないから、ちょっと・・・」 というのは僕は 「はい。そうですね」 というわけには行きません。 なぜなら、僕自身、自分に対して正直いろいろな才能の欠如を実感しつつも、全て努力と工夫で頑張っていると思っているからです。 自分の苦い思い出・・・僕は暗記が出来ない・・・覚えが悪い・・・ 例えば僕は記憶力が非常に悪いです。 記憶力というか、物事の理解がやや遅く、言葉で言われたことをその場で整理して頭に入れることが非常に苦手なのです。 自分のこの欠点に気づいたのは、高校生のころです。 高 校１年生の頃、僕は 「まる暗記勉強方法」 的な学習方法を本で読み、それを安易に信じきってしまったことがあります。その結果、何事にも 「丸ごと覚えてしまうのが良い」 と信じ込み、そのように &#8220;学習&#8221; していました。 今から思えば、そんなものは 「学習」 とも言えないようなものですが・・・ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<blockquote>
<p style="text-align: left;">・・・けれども、もし自分の生まれつきの傾向を克服しようと努めないのなら、<br />
教養などというものは、 そもそも何のためにあるというのかね。</p>
<p style="text-align: right;">エッカーマン著『ゲーテとの対話（上）』</p>
</blockquote>
<p>僕は立場上、時々人を指導する立場になることがあります。</p>
<p>「指導」 といってもそんなにエラい立場ではありません。</p>
<p>単にキャリアが１０数年となり、僕の専門分野  (＝主にWebやネットワークです) を新しく始める人に、いろいろと教えることが多くなっている、という程度の話です。</p>
<p>僕 は恐い人ではないと思いますし、基本的に 「それぞれの人が、好きなことをそれぞれやればいい」 という考えなので、たいていは基本的にやんわりと指導するスタイルです。「こういう風にするのが一番良いとおもう」 ということを伝え、教わった人はそれを実践するならすればいいし、やりたくないならやらなければいい。</p>
<p>ただそれだけのことです。</p>
<p>ですがひとつだけ、僕が簡単には 「はい、そうですか」 と認めるわけにはいかない &#8220;言い訳&#8221; があります。</p>
<p></p>
<h3>「『才能』 がないからやりたくない」 という言い訳</h3>
<p>それは、「私は 『才能』 がないから、やらない」 という言い訳です。</p>
<p>「好きではない。だから、やりたくない」 は仕方がありません。（ま、その場合は指導そのものが終了しますが）</p>
<p>ですが、</p>
<p>「小山さんは 『才能』 があるからいいですね。でも、私は 『才能』 がないから、ちょっと・・・」</p>
<p>というのは僕は 「はい。そうですね」 というわけには行きません。</p>
<p>なぜなら、僕自身、自分に対して正直いろいろな才能の欠如を実感しつつも、全て努力と工夫で頑張っていると思っているからです。</p>
<h3>自分の苦い思い出・・・僕は暗記が出来ない・・・覚えが悪い・・・</h3>
<p>例えば僕は記憶力が非常に悪いです。</p>
<p>記憶力というか、物事の理解がやや遅く、言葉で言われたことをその場で整理して頭に入れることが非常に苦手なのです。</p>
<p>自分のこの欠点に気づいたのは、高校生のころです。</p>
<p>高 校１年生の頃、僕は 「まる暗記勉強方法」 的な学習方法を本で読み、それを安易に信じきってしまったことがあります。その結果、何事にも 「丸ごと覚えてしまうのが良い」 と信じ込み、そのように &#8220;学習&#8221; していました。</p>
<p>今から思えば、そんなものは 「学習」 とも言えないようなものですが・・・</p>
<p>その結果、高校生活を通して全く成績が伸びなかったのです。</p>
<p>完全にオチコボレです。</p>
<p>案の定、大学受験に失敗しました。</p>
<p>高校生のレベルで通用しないのですから、この &#8220;学習方法&#8221; では大学、実社会では全く歯が立たないのは明らかだと思いました。</p>
<h3>ある本との出合い</h3>
<p>自分は今後どうしたらよいのだろう、と思っていたときに、たまたまある本を目にしました。</p>
<p>その本は 「ご冗談でしょう。ファインマンさん」 という本です。</p>
<p>こ の本はノーベル物理学賞を受賞したアメリカのファインマン博士が、ご自身のエピソードを書いたエッセイ集です。物理学というテーマを扱いながらも、実体験 に基づき、ユーモアを交えながら、話が進みます。</p>
<p>本を読む習慣がなかった僕でも、夢中で全巻読みきることができました。</p>
<p>この本を読んで、ノーベル賞受賞者というのは、なんと頭の良い人なのだろう、と思うのと同時に、</p>
<p><strong>「なるほど。頭を使う、というのはこういうことか」 </strong></p>
<p>と目からウロコが落ちた思いがしました。</p>
<p><strong>学ぶということは 「まる暗記」 ではない。</strong></p>
<p>僕はこの本のおかげで、自分のやり方が間違っていたことをはっきり知ることが出来たのです。</p>
<h3>図を描くと良く覚えられることに気がつき、自分の欠点を克服した</h3>
<p>そこで、自分の 「記憶力・理解力問題」 をなんとかしよう、と自分でいろいろ考えました。</p>
<p>そして、ひとつ気づいたことがありました。</p>
<p>どうも僕の頭は、図に書かないとほとんど何も覚えられないような頭なのではないか、ということです。</p>
<p>逆 に言うと、言葉で言われたことをその場で整理して頭に入れることが非常に苦手なのですが、景色や図、あるいは雰囲気とかはよく覚えていることに気付いたの です。言葉だけで言われたことも、自分の中で図に表現して整理さえできれば、かなり記憶の定着率が上がるようだ、ということに気付いたのです。</p>
<p>僕と直接話をしたことがあるひとには、もうバレているかもしれませんが、僕が話しかけられた時の反応が遅いのはそのせいです。</p>
<p>何か説明されたりしてもイマイチ、ピンと来なくて、頭の中で 「えー・・・と、、、ということは、こういうことかな・・・？」 と、図を描いてみて初めて 「ああ、なるほど。そういうことか」 となります。だから、反応が遅いのです。</p>
<p>ま、言い換えれば、単に頭の回転が悪い、ということになりますが・・・ でも、そう開き直っていても意味がありません。</p>
<p>一度きりの人生ですから、自分の欠点をなんとか克服して、幸せな人生を送りたい・・・。</p>
<p>僕は自分の特徴（？）に気付いて以来、本を読むときはなるべく蛍光ペンでハイライトしながら読むようにしたり、ややこしいところは自分で図を描くことにしました。</p>
<p>はっきり目で見える形にできたら、しっかり深く理解できるかもしれない、と思ったからです。</p>
<p>それ以来、ある程度しっかり物事を覚えて、理解し、頭の中に整理しておくことができるようになりました。</p>
<p>その結果、何をやってもなかなか成績が伸びない、とか、理解できない、という嫌な状況はかなり減らすことができたと思います。<br />
（全く興味が無いことについては成績が悪いということは良くありましたが （苦笑））</p>
<p>このように僕は 「記憶力が悪い」 ということは自分の生まれながらの能力であって、ある程度仕方が無いと認め、それに対する対策を考えた結果、その問題をかなり克服出来たと思っています。</p>
<h3>スポーツの世界では、練習して苦手を克服するのは当たり前</h3>
<p>もっともらしく書いてきましたが、これはスポーツの世界で考えれば当然といえることです。</p>
<p>例えば、「テニスがうまくなりたい」 という人に 「練習をしないとだめですよ｣ とアドバイスをしたとします。</p>
<p>その時に 「あなたはもともとテニスの 『才能』 があるから良いけど、私は才能が無いから、それはちょっと・・・」 と言って練習を拒否されてしまっては、話になりません。「こっちだって頑張って練習して上達したんだぞ！」 と思いますよね。</p>
<p>無理にテニスをやらなきゃいけない、ということもありません。しかし、「上達したいから教えてくれ」 というからには、「才能」 どうのこうのと言ってないで、自分の能力を受け入れ、それに見合った練習なり、努力なり、工夫をしたら良いのです。</p>
<p>本 当に世界的な天才の人に対しては、誰しも 「あの人は 『才能』 があるから・・・」 と思いたくもなりますが、恐らく、例えば野球のイチロー選手に 「あなたには 『才能』 があるから・・・」 といったら、「わたしは誰よりも練習しているんだぞ」 と思ってしまうのかもしれません。</p>
<p>スポーツの世界では、努力して上達する、ということは当たり前の話で、みんなそれが必要だということを知っています。</p>
<h3>ビジネススキルも努力しだいでは必ず身に着くはずだ、と信じて何事にも取り組みたい</h3>
<p>し かし、「文章」、「話し方」、「コミュニケーション」 などのビジネススキルの良し悪しについては、スポーツのように 「努力して上達する」 という体験をしたことが無い人が多いためなのか、全てを 「才能」 のせいにして、たいした努力もしない・できない人を時々見かけます。</p>
<p>自分の才能のせいにしたところで、何の進歩もありません。</p>
<p>何事も &#8220;練習によって上達する&#8221; 他ないのです。</p>
<p>PS. 今回本文中に出てきたファインマンさんの本はこちらです。物理に興味がない人でも楽しめますよ：</p>
<p><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4006030053?ie=UTF8&amp;tag=keisukeoyama-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4006030053">ご冗談でしょう、ファインマンさん〈上〉 (岩波現代文庫)</a><img style="border:none !important; margin:0px !important;" src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=keisukeoyama-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4006030053" border="0" alt=" 「才能」 がやらないからという言い訳はダメ。何でも努力次第で克服できると考えたい。" width="1" height="1" title="「才能」 がやらないからという言い訳はダメ。何でも努力次第で克服できると考えたい。" /><br />
<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4006030061?ie=UTF8&amp;tag=keisukeoyama-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4006030061">ご冗談でしょう、ファインマンさん〈下〉 (岩波現代文庫)</a><img style="border:none !important; margin:0px !important;" src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=keisukeoyama-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4006030061" border="0" alt=" 「才能」 がやらないからという言い訳はダメ。何でも努力次第で克服できると考えたい。" width="1" height="1" title="「才能」 がやらないからという言い訳はダメ。何でも努力次第で克服できると考えたい。" /></p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>「小さなこと」 がいつも 「小さなこと」 ではない</title>
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		<pubDate>Sun, 26 Jul 2009 01:11:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator>小山圭介</dc:creator>
				<category><![CDATA[アメリカ生活で経験したこと]]></category>
		<category><![CDATA[僕の人生哲学]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://hajimete-hawaii.com/blog/?p=329</guid>
		<description><![CDATA[小さなことが小さなことではない。大きなことが大きなことではない。 それは心ひとつだ。 有島武郎 『小さき者へ』 僕は 「知らないと困る、知って得するアメリカ生活！！」 というメルマガを発行しています。 僕がアメリカ生活を通して覚えたことや、知っていると困るとか、知ってるだけでちょっと得をすることだとか、そういうことを書いています。 読者としてはアメリカに来て間もない方 （来たばかり～半年程度） の方を念頭において、役に立つような情報を書くことにしています。 ちょっとしたことでも、聞いたことがあるのとないのでは大違い 例えば、今日発行したメルマガの内容は、「本やパソコン用品を買うなら、アマゾンで買うと安いですよ」 という内容です。 そして明日は 「アマゾンプライムなら年＄７９ 支払うと Two-Day Shipping が無料になりお得ですよ」 ということを書こうと思っています。 アマゾンを利用している人はたくさんいらっしゃると思いますので、「アマゾンは安い」 という程度の情報なら、いまさら書くまでもないかもしれません。 ですが、メルマガの読者の方の中で、何人かの方はアマゾンを利用したことがない方もいらっしゃると思います。 さらに、「アマゾンプライム」 を使ったことがない人は、少なくないのではないかと思います。 例えば僕の場合、先日 Webcam を買いましたが、Office Depot で買うのよりも $40 以上安く買うことが出来ました。 でも、そもそもアマゾン自体を知らなかったら、今買おうと思っているものよりも安く売っているお店をなかなか探すことができず、無駄な出費をしてしまうかもしれません。 このように、ちょっとしたことでも 「知っている」 「知らない」 というだけで、節約の程度が大きく違ってきます。 もしも、お寿司に醤油をつけることを知らなかったら・・・ ちょっとしたことでも 「知っている」 「知らない」 というだけで、結果が大きく異なる、ということは、何も節約に限ったことではありません。 「フォーのおいしいお店がある」 「タイ料理ならあのレストランが一番」 「この料理を食べるときは、ちゃんとかき混ぜないとダメ」 など、様々な状況で 「知っている」 「知らない」 ということで大きな違いが生まれるものです。 例えば、日本人なら誰でも知っていると思いますが、「お寿司にお醤油をつけて食べる」 ということ。 もし、この 「作法」 を知らずにおすし屋さんでお寿司を食べたらどうなるでしょうか？ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<blockquote><p>小さなことが小さなことではない。大きなことが大きなことではない。<br />
それは心ひとつだ。</p>
<div style="text-align: right;">有島武郎 『小さき者へ』</div>
</blockquote>
<p>僕は 「<a href="http://www.mag2.com/m/0000283919.html">知らないと困る、知って得するアメリカ生活！！</a>」 というメルマガを発行しています。</p>
<p>僕がアメリカ生活を通して覚えたことや、知っていると困るとか、知ってるだけでちょっと得をすることだとか、そういうことを書いています。</p>
<p>読者としてはアメリカに来て間もない方 （来たばかり～半年程度） の方を念頭において、役に立つような情報を書くことにしています。</p>
<p></p>
<h3>ちょっとしたことでも、聞いたことがあるのとないのでは大違い</h3>
<p>例えば、今日発行したメルマガの内容は、「本やパソコン用品を買うなら、アマゾンで買うと安いですよ」 という内容です。</p>
<p>そして明日は 「アマゾンプライムなら年＄７９ 支払うと Two-Day Shipping が無料になりお得ですよ」 ということを書こうと思っています。</p>
<p>アマゾンを利用している人はたくさんいらっしゃると思いますので、「アマゾンは安い」 という程度の情報なら、いまさら書くまでもないかもしれません。</p>
<p>ですが、メルマガの読者の方の中で、何人かの方はアマゾンを利用したことがない方もいらっしゃると思います。</p>
<p>さらに、「アマゾンプライム」 を使ったことがない人は、少なくないのではないかと思います。</p>
<p>例えば僕の場合、先日 Webcam を買いましたが、Office Depot で買うのよりも $40 以上安く買うことが出来ました。</p>
<p>でも、そもそもアマゾン自体を知らなかったら、今買おうと思っているものよりも安く売っているお店をなかなか探すことができず、無駄な出費をしてしまうかもしれません。</p>
<p>このように、ちょっとしたことでも 「知っている」 「知らない」 というだけで、節約の程度が大きく違ってきます。</p>
<h3>もしも、お寿司に醤油をつけることを知らなかったら・・・</h3>
<p>ちょっとしたことでも 「知っている」 「知らない」 というだけで、結果が大きく異なる、ということは、何も節約に限ったことではありません。</p>
<p>「フォーのおいしいお店がある」 「タイ料理ならあのレストランが一番」 「この料理を食べるときは、ちゃんとかき混ぜないとダメ」 など、様々な状況で 「知っている」 「知らない」 ということで大きな違いが生まれるものです。</p>
<p>例えば、日本人なら誰でも知っていると思いますが、「お寿司にお醤油をつけて食べる」 ということ。</p>
<p>もし、この 「作法」 を知らずにおすし屋さんでお寿司を食べたらどうなるでしょうか？</p>
<p>本来はおいしいはずのお寿司も、もしかしたら、「食べにくい食べ物」 と思うかもしれません。</p>
<p>もし、お醤油さえつけて食べていたら、もっと食べやすく、おいしいと感じられたかもしれません。</p>
<h3>割り箸を割らないで１本で食べていた人もいた</h3>
<p>そういえば、つい先日日本食屋さんでラーメンを食べたときのことです。</p>
<p>隣の白人の中年女性が、割り箸を割らずに、割り箸を一本の棒（？）のように使って食べているのを見かけました。</p>
<p>さすがに箸くらいは、かなりメジャーな道具だと思うので、何の意図があってそんなことをしていたのかわかりません。 しかし、その女性はとても食べにくそうにしていたので、もしかしたら単に 「割り箸を割る、ということを知らなかっただけ」 かもしれません。</p>
<p>箸は日本人の僕たちにとってとても親しみのあるものなので、割り箸を割らないで食べている姿は、滑稽に見えます。</p>
<h3>人の振りみて我振りなおせ</h3>
<p>しかし、同じようなあやまちを僕たちは、他の文化圏の料理を食べるときにしてしまうかもしれません。</p>
<p>例えば、韓国料理でご飯を食べるとき、大人はスプーンで食べるほうが普通なのだそうです。あなたは韓国料理を食べるときに気をつけていましたか？</p>
<p>僕はこのことを友達に聞いたときにびっくりしました。僕は何の迷いもなく、ご飯はお箸で食べるものだと思っていたからです。</p>
<p>日本食を食べるときに、大人がご飯をスプーンで食べていたら、ちょっと子供っぽくみえてしまいますよね。</p>
<p>でも、韓国では逆なのだそうです。</p>
<p>大人なら、スプーンで食べた方が自然なのだそうです。</p>
<p>だから僕が箸でご飯を食べている姿を、おそらくその場にいた韓国人の人は、少々滑稽に思っていたのかもしれません。</p>
<h3>「小さなこと」 がいつも 「小さなこと」 ではない</h3>
<p>このように、たとえちょっとしたことでも、知っている・知らないという違いがあるだけで、節約に大きな差がついたり、同じ値段でもよりおいしいお店を選べたり、マナーや作法を守って恥ずかしいことにならなかったりするわけです。</p>
<p>話をメルマガに戻すと、僕はそういうちょっとした知識の穴埋めをしようと思い、メルマガを発行しています。</p>
<p><strong>知らないと困る、知って得するアメリカ生活！！</strong><br />
⇒ <a href="http://www.mag2.com/m/0000283919.html">http://www.mag2.com/m/0000283919.html</a></p>
<div id="_mcePaste" style="overflow: hidden; position: absolute; left: -10000px; top: 0px; width: 1px; height: 1px;"><a style="color: #000000; font-weight: bold;" href="http://www.mag2.com/m/0000283919.html">知らないと困る<br />
知って得するアメリカ生活！！</a></div>
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