漫画家の蛭子能収さんは、漫画家になる前にはサラリーマンをしていたそうです。
会社で嫌なことがあると、その場ではいい顔をしても、漫画の中でその嫌な上司を殺すなどして憂さ晴らししていたそうです(笑)
ここまでは良くある(?)話なのですが、ここから先が思わず 「なるほど」 と思わせられてしまいました。
無駄な漫画は描かない ~ 憂さ晴らしで描いた漫画も、出版社へ持っていく
その憂さ晴らしで描いた漫画も、しっかり出版社に持っていっていたそうです。
嫌な体験をしたことで、逆に実体験から得られる迫力があって面白い漫画も書くことができ、さらにそこで完成した漫画で漫画家デビューの道も開ける。
まさに一石二鳥ということになります。
嫌な体験もそうして自分のプラスのパワーに変えてしまうあたり、見習うところがあると思いました。
アメリカにいるとつくづくいろんな人がいることに気づかされる
さて、私の身の回りに話を移します。
アメリカにいると本当にいろいろな人と出会います。
「感情に任せてなりふり構わず嫌味を言い散らす人」
「どの失敗も全て人のせいにする人」
「仕事をバンバンひとに押し付けて、露骨に自分はやりたいことだけをやる人」
「極端な知ったかぶり」
「極端な負けず嫌い」
「どんなに非があっても決して謝らない人」
残念ながら、私はこれまでに、こんな人にたくさん出会ってきたように思います。
アメリカでは、日本では滅多にお目にかかれないようなタイプの人に出会うことが多いものです。上には悪い例ばかり思いつくまま書きましたが、きっと良い人だってたくさんいるはずだとは思いますが・・・。
日本もそういう面があっても良いかもしれない
最近は日本も格差社会などと言われるように、いろいろな面で差が出始めているとききます。
「格差社会」 というのは、主に経済的な面での話だと思いますが、「衣食足りて礼節を知る」 との言葉通り、おそらく経済的な面だけではなく今後は人の性質の面においても大きな格差が見られてくると思います。
差が出てくれば、冒頭の蛭子さんのように会社内だけではなく、普段の生活からさまざまなところで、上にも下にも差のついた人と出会うことになるでしょう。
すると、自然といろいろと物を考えさせられる。
中には蛭子さんのように、嫌な体験から面白い漫画が生まれてくることもあるでしょう。
そうしたパワーも、今後の日本を支えていくことになるかもしれない・・・
などと書けば、丸く収まっているでしょうか。
・・・私は漫画がかけないので、今日はブログを書いてみました。

名前: 小山圭介 (おやまけいすけ)
