僕がはじめてアメリカに来た時のことをお話します。「来た」 というのは 「引越し」 ではなく、文字通りはじめてのアメリカ。初めての海外でした。
僕はその時に言葉にならない程、衝撃を受けたのです。
初めてアメリカに来たきっかけは海外出張
僕が初めてアメリカへきたのは、1998 年の 4 月のことです。僕の 25 歳の誕生日の前頃に、そのとき勤めていた会社で海外出張に行くことになりました。
当時僕が勤めていた会社では、アメリカのソフトウェアの販売代理店業務が主な仕事でした。アメリカのソフトウェア会社と代理店契約をして、それを日本のお客さん向けにカスタマイズして販売するのです。
ちょうどその時、アメリカ側の会社で新製品を販売するということになったので、僕と会社の人と計3人でアメリカの会社に来て、その製品に関するセミナーを受けることになったのです。
僕は海外旅行などしたことが無かったので、当然パスポートも持っていませんでした。
留学には無関心だった学生時代
僕は仙台の高校から、一浪して北海道大学へ進学しています。
僕は浪人中にたくさん読書をするようになり、当時は物理学が趣味みたいなものでした。 ロゲルギスト著の 「物理の散歩道」 や寺田寅彦随筆集 などを読み漁っては自然現象についていろいろ考えているような学生でした。
目の前にも学ぶものはたくさんあると思っていたので、誰かが留学すると聞いてもせいぜい 「英語がすきなのかな」 と思う程度でなんとも思っていませんでした。
自分がアメリカに行くとなっても、「海外出張だなんて、なんとなくかっこいいな」 と思った程度でした。
自分の好きなように生きたい。アメリカならそれが可能だ。
ところが、アメリカに来てみて、ものすごい衝撃を受けました。
全てが新鮮なのです。
ジュースひとつ買うのにも苦労する。信号もなんだかわからない。交通ルールも違う。しかも、いろんな人がいる。習っていた英語と全然違う。人種も違うし、服装も違う。みんなが好き勝手に生きているように見える。
僕はもともと友達同士で馴れ合いでつるむのが嫌いなタイプで、どちらかというといつも一人でいるタイプでした。学生の頃から飲み会も好きではありませんでした。飲み会については、「おしゃべりしたいなら、飲まずにしっかりおしゃべりしたほうがいいだろうに」 とも思っていました。 (当時はお酒を飲むと体質的に体が痛くなり、苦痛だったのです。今ではビールは大好きですが)
ひと目を気にして、誰が決めたのかも分からない 「常識」 に縛られるのが嫌いで、僕は僕の価値観で生きて行きたいと思っていたのです。
日本では自分が正しいと思って、自分で考えた行動をしようとすると、いつも浮いてしまう。 しかし、アメリカではみんなそれぞれが全く違って見える。好き勝手に暮らしていいように見える。
服装でもなんでも、何でも良さそうだ。
僕は一度来ただけで、この雰囲気のとりこになり、いつかはアメリカで暮らしてみたいと思うようになりました。
一度アメリカ旅行をしてみてください
こちらに来てアメリカで暮らしている人の話を聞くと、僕と同じように 「旅行でアメリカに来てみて一度で好きになった」 という人が少なくありません。
だからぜひ、まだ一度もアメリカに旅行にも来たことが無い人は、ぜひ一度アメリカを訪れてみてください。

名前: 小山圭介 (おやまけいすけ)
